第34話 誰かの行動の裏で、誰かが泣くんだ

 要塞都市ギラゼルは金さえあれば手に入らないものは無い。

 その名に違わぬことを祈りながら、ボクはこの城塞都市に立っていた。

 ハギさんに頼まれた薬『黒蓮ブラックロータス』を探して、薬に関係しそうな店を片っ端から、全て見て回った。ハギさんからは「ギラゼルでも、手に入るかどうかは運」と言われていたが、黒蓮ブラックロータスは本当にどこにもなかった。最後の一軒を出た時には陽は傾き、夜が始まろうとしていた。


 暗い気持ちと希望が波のように打ち寄せては引いていった。苦しい想いをしながら、足を運んだのは酒場だった。

 何か情報が手に入るかもしれない。わらにもすがるような思いで扉を開けた。

 酒場では既に賑わい始めていた。空いている席の方が苦少なくなっている。カウンターに行き、飲み物を一番大きいサイズで注文する。それからバーテンダーに話を聞いた。バーテンダーは無言で首を振る。お礼の代わりに、チップを置いた。それから店の中にいる人達に話を聞いて回った。

 情報はあった。むしろ溢れすぎる位だった。そしてその全てが、真偽のほどが怪しかったり、既に過去の話になっていたりするものばかりだった。

 焦りばかり募る。

 でも、そうしていても何も始まらない。空いているテーブルに座り深呼吸を一つして、それから情報の整理をしはじめた。

 そんな折だった。


「どうしたんだい、そんな思いつめた顔をして」


 頭上から声が降って来た。

 見上げて、それから「っあ」と声をあげそうになった。

 その声の主は、キリさんだった。

 栗色でベリーショートの髪、健康的な白い肌、男性寄りの中性的な……。

 違う。キリさんじゃない。似ているけど違う。まるで双子のように。


「──誰、ですか?」

「そう警戒するなよ。こっちは危害を加えるつもりはないんだ。まずはメシでも食べないか、ここのジブレットはなかなかのものだぜ」


 そう言うと相手は、勝手に料理を2人前頼んだ。


「貴方は、誰ですか?」


 ボクの率直な疑問に、相手も率直に「キリの影だ」と答えた。


「まぁ、正確にはそうとも言い切れなんだがな。この体はシンの体でな。それで、結構混ざり合っちまって、今はもう、どっちでもない、と言った方が正しいのかもしれん」

「なんで、ボクに話しかけて来たんですか?」

「シンに渡したいものがあってな」


 そう言って、黒蓮ブラックロータスを取り出した。


「必要なんだろ、私様キリのために」

「どうして?」

「私の仮家ヤサがな、なかなかの秘境で。こういった稀少なやつも──」

「違います。なぜ、コレをくれるのですか?」

「ああ。そっちか。言っただろ。私様キリを助けるためだよ。私は私様キリとは共存したいと思っているんだ。あの時から今まで、そうしてきてからな。だからだよ」

「キリさんをあんな目に合わせたのに、ですか?」

「言い訳をさせてくれよ。私は話し合いをしようとしたんだ。私様キリと平和的に解決できないか模索していたんだ。でも、なかなか平行線でな。そうこうしている内に、近くにいた本体様が起きちまって、私様キリを攻撃をしちまったんだ。悪意はなかったし、申し訳ないと思っている。だからこうして、コレを持ってきた」


 料理が届いた。ボクが食べる様子が無いのを見ると、「うまいんだぜ」と言って、自分は食べ始めた。


「持って帰りなよ」


 ふいに、相手はそう言った。


「一緒に食事をできたら楽しいだろうなと思ったんだけど、そんな気分じゃないのは分かったからさ。ごめんな、配慮が足りなかったな。早く私様キリの所にそれを届けてやってくれ。あと、悪かった、って。伝えなくてもいいけどさ」


 そう言って、また料理を口に運び始めた。


「1つだけ、聞きたいことがあります」


 その言葉に、相手は手を止めた。


「キリさんにどんな話をしたのか、全部教えて下さい」


 相手は溜め息ひとつ。それから「分かった」、と。

 手を口の前で組んだ。


「シンを倒したことで、呪縛が解かれた。動けるようになって、世界を知った。良いことも悪いこともあったよ。でも楽しかった。それに嬉しかった。夕日の赤さに、ずっとうまい食べ物。自由になって、これが生きるってことだってわかった。充実っていうのかな、良い時間だった。でも、それが急に変わった。私様キリが来て、私たちを倒すって。私様キリの気持ちは十分分かるよ。でも、私は私で生きてるんだ。今を手放したくないんだ。だからと言って、私様キリを倒そうとも思わない。だって、今の今まで、そうしていれたんだから。

 だから、一緒に生きようって言ったんだ。この世界で一緒に、それぞれ別々の生き方をしようって、そう言ったんだ。私様キリはちょっと迷ってくれたよ。私が生きているなんて思ってなかったんだろうから。私のことを、倒すための敵だとしか思っていなかったんだから。でも、そうじゃないだ、って知ってはもらえた。だから、私様キリと話せたのは、良かったと思っている。話がそれちまったな。私様に伝えたことは、どちらを倒すなんて野蛮な考えはめて一緒に生きましょう、って。大体そんな所だよ」


 その話を聞いて、ボクは迷った。

 目の前の相手には、悪意は無いように感じた。そうして、ただこの世界で生きたいだけ、ということも、嘘ではないように感じた。ただ平穏に生きたい。その気持ちは、よく分かる。

 そしてなにより相手は、こちらに危害を加えるつもりはない。

 ボクは、迷った。

 その迷いを察したように、相手は言った。


「あんまり深く考えるなよ。誰かの行動の裏で、誰かが泣くんだ。世の中そんなもんだぜ。皆が希望を叶える選択肢なんてないんだ。私にできるのは精々、気が変わってもらえるように、話をすることだけ。そんなことしかできないんだよ」

「本当に、そうなんですか?」


 自分でも悲しいくらい、苦し紛れの言葉だった。

 そんな言葉を、相手は否定しなかった。


「私には分からんよ。でも、少なくとも、私はそうやって生きてきた」


 話を聞いて、絶望的な気持ちになった。二人の願いを同時に叶える方法は無い。ボク達は相手を倒したい、相手は倒されることを望んでいない。目的が衝突した時、残された手段は1つしかなくなる。


「ありがとうな」


 急に、相手はそう言った。


「シンと話ができて良かった。多分これから先は、こんなにゆっくり話す機会なんてないだろうから。それに何より、私の話を聞いて貰えて、嬉しかったよ」


 そう言って、相手は残った料理の最後の一切れを口に運んだ。それから席を立った。


「今度会った時は、お互い敵だな。全力でやり合おうぜ」


 その背中に、何か言わなきゃいけないと思った。

 でも、何も言葉は出てこなかった。


「さよなら」


 その一言を残して、相手は行ってしまった。

 残されたボクは、残された黒蓮ブラックロータスを見た。

 それから、目の前に冷めた料理を食べて席を立った。

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