第26話 足りないもの

 武器クリムゾン防具楯無ちゃんを無事手に入れたボクとキリさんは、タツミさん、フウカさんと別れ、ギラゼルを後にした。

 そして今は、キジナさんの家の前にいた。

 キジナさんはボクを見ると、拳を握ってボクの胸に軽く当てた。


「見違えたじゃないか」


 キジナさんに認めて貰えた気がして、嬉しくて、「ハイっ!」を返した。

 家のなかで、3人でテーブルを囲んだ。

 これから先の作戦会議だ。

 キジナさんが口火を切る。


「これで、武器と防具が揃ったわけだ。他に必要になりそうなものはあるか?」


 そういって、ボクとキリさんを見た。

 その視線に、ボクは一瞬躊躇ためらった。

 クリムゾンと楯無ちゃんで攻撃面も防御面も心配はない。そうと分かっていても、あの巨大なボスを相手にすると思うと、霧のようにもやもやとした不安があった。それを圧し殺して、ボクは首を縦に振った。

 でも、キリさんは違かった。

 口を「へ」の字に曲げている。


「どうした、チューター。足りないものでもあるのか? だとすればぜひ聞かせてくれ。」

「自信が足りない。まだビビってる。目を見れば分かります」


 ボクが言えなかったことを、言い当てられてしまった。

 キリさんにはお見通しだったみたいだ。それが、なぜか嬉しかった。

 キジナさんは、少し笑って「その通りだな」と言った。


「じゃあ、どうする? どうやって不安を取り除く?」

「師匠が私にしてくれた、アレをやろうと思います。非常に残念ですが効果は実感してますんから」


 そういうキリさんの顔は渋い。

 一方でキジナさんはとても楽しそうだ。


「なるほど。そうだな。特にテルには有効かもしれん」


 2人の会話で、なんだか大変な感じになっているのが分かった。

 ボクは恐る恐る聞いた。


「あの。一体なにをするんです」


 キリさんは渋い顔をしながら言った。


「──縛りプレイだ」


 縛りプレイ。

 それは、一部の行動を制限して行われるプレイだ。例えば、買い物禁止や、レベル上げ禁止。そうやって、自らハンディを背負うことで難易度を上げ、その上でクリアする。それが縛りプレイ。

 その縛りプレイをするらしい。


「縛りをつけて影を倒す。まぁ、あれだ。修行の一環だと思ってもらえればいい」


 ──修行か。

   言い方ひとつでこんなにも印象が変わるのか。


 そういった言い回しをするあたり、キリさんがキジナさんに似てきたように思う。やはり、師弟というものはどうしても似てきてしまうものなのだろう。


「わかりました。で、なにを縛るんですか?」

「ナイフ以外全部ダメ」


 ああ。これあれだ。

 なけるぜってヤツだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 夜、ボクは外に出た。キリさんはきっと、どこか遠くから見ているのだろう。でも、やることは変わらない。キリさんから貰った短剣ダガー一本で、影を倒すだけだ。

 ボクが向かった先は、キリさんが始めてレッスンをしてくれた、あの場所だ。

 以前にキリさんが座っていた場所に座る。

 クリムゾンを背中に回し、短剣ダガーを皮鞘から抜く。

 静かな呼吸に切り替える。

 そうして待っていると、お目当の奴が来た。

 影狼。

 2匹同時。

 夜空に一吠えあげると、飛びかかって来た。

 その飛びかかりを見た瞬間に、2つのことが起こった。


 ひとつは、軌道が線で見えたこと。

 そして、もうひとつは、時間がゆっくり流れ始めたこと。


 ボクは歩いて攻撃を避けた。そして、片方の影狼の体をXの字に短剣ダガーで裂いた。

 2匹の影狼が着地したあと、1匹がその場で倒れた。

 もう1匹が、すぐに飛びかかって来る。


 ボクはその場に立ったまま、攻撃の線を見ていた。

 それから影狼の真っ赤な口に向かって手を伸ばす。

 むき出しの犬歯に触れて、そのまま飛び込んでくる勢いを利用して、その犬歯を折った。

 手に残った犬歯は、泥になって消えた。


 もう心配は微塵もない。

 影狼には絶対に勝てる。そう確信した。

 それは、向こうも同じだったのだろう。

 犬歯を失った影狼は、今度は飛びかかってこようとせずに、黙ってこちらを見つめていた。赤い2つの目が、こちらを見つめている。そこには、最初に出会った時のような怒りはなかった。ただ、じっと、こちらを見ていた。

 それから、影狼の口が横に裂けて、口角が上がった。

 それはまるで、笑っているみたいだった。


 ボクのなかで警告音が鳴り響いた。

 いつもと、なにかが違う。

 ボクは身構えた。

 影狼は倒れている影狼の所へ行き、鼻先で相手を無事を確かめるような仕草をした。そうすると、倒れていた影狼は立ち上がり、2匹で並んだ。

 2匹の影狼の体がゆるゆると崩れ始めた。

 そうして、2つの泥の塊になり、混ざりあって1つになった。

 その泥の塊が、だんだんと形を作っていく。

 それは、まるで人間のような狼だった。

 2m近い身長。鋭い鉤爪と牙。丸太ほどもある脚。

 そして何より、静かな炎を燃やした青い目。

 ボクはそいつの名前を知ってる。

 人狼ライカンスロープ

 人狼は目を瞑り、息を吸い込み肺を膨らませた。

 それから、産声のように咆哮を上げた。

 見ただけでわかる。今までとは違う。強い。


 ボクは体が震えているのが分かった。

 でもそれは恐怖じゃない。

 未知のものに向かい合う喜びと。

 絶対に勝てるという根拠のない自信からだ。

 でも、それで良い。そう思った。

 ボクは大声で、どこかにいるはずのキリさんに宣言した。


「こいつは、ボクひとりでやります!」


 それから、背中のクリムゾンを手に取った。

 初見の相手との全力の勝負だ。

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