第8話

 店員にかき氷ふたつ、と頼むと、店員はにこっと笑った。

「浴衣が素敵だねえ。練乳サービスするよ!」

「やったあ! でも浴衣じゃなくて夏着物なの」

「へえ、そうなんだ」

 店員のおじさんは愛想よくにこにこと返事をして次のお客さんに声をかける。


 紗都はメロン、黎奈はイチゴのシロップを選び、練乳もかけていただく。ふわふわした氷は口の中がキーンと冷えて氷がするすると溶けていく。冷たさと、屋台ならではの暴力的な甘さが疲れた体に染み渡る。


「おいしい……!」

 紗都は目をぎゅっと細めてスプーンを握りしめる。

「水にシロップ入れても美味しいとは思えないのに、不思議」

 黎奈はざくっと氷をすくって口に放り込む。


「やったことあるんだ?」

「あるでしょ」


「ないよ」

「ないのー?」

 不満そうに言う黎奈に、紗都はつい笑ってしまう。


「あら、お着物なの、素敵ね」

 通りすがりの老婦人に声をかけられ、紗都はびくっとした。

「若い人が着物を着てくれるのって嬉しいわ。とても似合ってらっしゃる」

「ありがとうございます」

 黎奈が慣れた様子で礼を言い、紗都も慌ててお礼を言った。


「お邪魔してごめんなさいね」

 ご婦人はにこにこと去っていった。


「急に話しかけられてびっくりした」

「着物着てるとあるのよねー」

 黎奈は慣れているのか平然としている。


「一瞬、噂の着物警察かと思っちゃった」

 着物警察とは、通りすがりに着物を着ている若い女性をターゲットに着物マウントをかましてくるおばさま方を指して言う。帯が曲がっているとか襟の抜きが足りないとか言いながら勝手に着物を触って来るケースもあり、敬遠されている。


「それもたまに出没するね。着物にブーツで大正コーデをしてたら『着物にブーツなんて!』って怒鳴られたことがあるわ」

 黎奈がうんざりしたように言う。

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