第1章:錆びた鍵と影の声(3)
ユイトは広場で泣き崩れるハルジさんを呆然と見つめた。
酒屋のオヤジはいつも陽気で、朝から酔っ払ってても「人生は笑ってりゃいいんだよ!」が口癖だった。
そんなハルジさんが、地面に両手をついて、子供みたいに声を上げて泣いている。
「どうしたんだよ、ハルジさん……?」
ユイトが一歩踏み出すと、ハルジさんは顔を上げた。
目が真っ赤で、頬を涙がぐしゃぐしゃに濡らしている。
「ユイトか……お前、知ってるか? 俺の娘、リナが……あの日、家を出たきり帰ってこなかったんだ……」
ハルジさんの声は震えていて、言葉の合間に嗚咽が混じる。
ユイトは凍りついたみたいに立ち止まった。
リナって、ハルジさんの娘なら――5年前に町を出ていって、それから……行方不明になったっていう……。
「俺が……あの時、『行くな』って引き止めれば……!」
ハルジさんは拳で地面を叩くと土埃が舞って、周りの人たちがざわつき始める。
ユイトの頭の中で、さっき影の領域で見た泣き顔の錠がフラッシュバックした。
あの涙の痕……、あれがリナの記憶だったならハルジさんのこの涙は――
「俺が開けたせいなのか……?」
ユイトは手に握った錆びた鍵をぎゅっと握り潰しそうになった。
指先に食い込む冷たい金属の感触が、頭を冷やす。
いや、待て。
落ち着け、何か変だ。
ハルジさんがこんな風に泣き出すなんて、今までなかった。
5年も前のことを、急にこうやって叫ぶなんて。
「ハルジさん、あの……何で急にリナの話なんか?」
ユイトが恐る恐る聞くと、ハルジさんは顔を上げて目を丸くした。
「……何でって……今、リナの声が聞こえたんだ。あの日の声が。『お父さん、ごめん』って……耳元でハッキリ……」
ユイトの背筋に冷たいものが走った。
あの錠を開けた瞬間、白い光と一緒に何かが解放された。
ハルジさんの耳に届いたリナの声。
それが鍵の力なら――でも、鍵がそんなことできるわけ……いや、もう普通じゃない状況だって認めざるを得ない。
「ユイト、お前……何か知ってるのか!?」
ハルジさんが涙を拭いながらユイトを見上げた。
その視線が妙に鋭くて、ユイトは思わず後ずさった。
「いや、俺、別に……何でもないです!」
慌てて手を振ってごまかすが、心臓がバクバクしている。
ハルジさんは立ち上がって、よろよろとユイトに近づいてきた。
「何か知ってるなら教えてくれ。あの子の声が聞こえたってことは、まだどこかで生きてるのかも……!」
懇願するような目。
ユイトは息を呑んで、鍵を握る手に力を入れた。
どうする? 影の領域のことなんて話しても信じてもらえないだろうし、そもそも自分でも何が何だか分からない。
でも、ハルジさんの涙を見ると、放っておけない気持ちが湧いてくる。
「……ハルジさん、とりあえず落ち着いてください。俺、ちょっと調べてみるんで」
ユイトはそう言って踵を返した。工房に戻って、頭を整理しよう。
あの錠と鍵が何なのか、ハルジさんの涙とリナの声がどう繋がってるのか。
答えはまだ見えないけど、鍵を手に持つ限り、何かが動き出した気がした。
工房の扉を開けた時、床に転がる青い錠が目に入った。
さっきまで泣き顔だった表面が、今は静かに目を閉じているように見える。
ユイトは膝をついてそれを拾い上げた。
「リナ……お前、どこにいるんだ?」
呟いた声は、工房の木壁に吸い込まれて消えた……。
第1章:錆びた鍵と影の声(3)終わり
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