第1章:錆びた鍵と影の声(2)

影に飲み込まれた瞬間、ユイトは全身が冷水をかぶったみたいに縮こまった。

次の息を吸うと、鼻に湿った土と古い鉄の匂いが混じった空気が流れ込んできた。


目を開けると、見知らぬ場所だった……。

足元は黒い霧が這うように漂っていて、膝下までがぼんやり霞んでいる。

見上げれば、空は鉛色の雲に覆われていて、どこまでも重たく広がっている。

雲の隙間から漏れる光は妙に青白くて、まるで月明かりが昼間に迷い込んだみたいだ。

頭上には錠前が浮かんでいた。

それは大小さまざまで、錆びた鉄製のものもあれば輝く銀色のものもある。

鎖で繋がれた錠はカタカタと小さく揺れ、鎖のないものはふわふわと浮遊している。

その一つ一つから、かすれた声が漏れていた。


「……許せない……」

「……忘れたい……」

「……もう一度だけ……」


ユイトは首をすくめて周りを見回した。

ここはどこだ?

夢か幻か、それとも師匠の酒に何か変なものが混じってたのか?

手に握った錆びた鍵はまだほのかに温かくて、指先にその重さがリアルに伝わってくる。


「何だよ、これ……」


呟いた瞬間、目の前に一つだけ光る錠がゆっくり降りてきた。

他の錠とは違って、表面が滑らかで、薄い青みがかった金属でできている。

よく見ると、錠の中央に人の顔のような模様が浮かんでいた。


目を瞑った女の顔だ。

頬には涙の痕が刻まれていて、静かに泣いているように見える。

ユイトは息を止めてその錠を見つめた。

なぜか、心臓がドクドクと速く鳴り始める。

手の中の錆びた鍵が、まるで反応するようにビリッと震えた気がした。


「これ……開けられるのか?」


試しに鍵を近づけてみると、錠の穴にぴったり合うように先端が吸い込まれた。

力を入れる前から、カチリと軽い音がして、錠が開いた。

瞬間、真っ白な光が視界を埋め尽くし、ユイトの体がふわっと浮く感覚に包まれた。


次に気づいた時、彼は工房の木の床に尻餅をついていた。

目の前には開いた青い錠が転がっていて、さっきまで浮いていた鎖が床に落ちてカランと音を立てた。


「……何!?」


ユイトは慌てて立ち上がり、工房の中を見回した。

窓から差し込む朝陽はまだそこにあって、カウンターの工具もそのまま。

影の領域なんて幻だったみたいだ。

床の錠と、手に残る鍵の感触が現実を突きつけてくる。

その時、工房の外から叫び声が響いた。


「俺が! 俺があの日、謝れてたら……!」


ユイトは飛び跳ねるように外へ駆け出した。

町の広場では、酒屋のオヤジ――いつも朝から酔っ払ってるトカゲ顔のハルジさんが――地面に膝をついて号泣していた。


「あの時、娘に『行くな』って言えば……!」


周りの人々が困惑した顔でハルジさんを取り囲んでいる。

ユイトは立ち止まり、胸が締め付けられるのを感じた。

あの錠に刻まれた泣き顔……。

あれは、ハルジさんの娘の記憶だったのか?


「俺が……開けたせい?」


背後で工房の扉が軋む音がしてユイトは振り返えるが、そこには誰もいない。

足元の影が一瞬だけ伸びて、人の形を取った気がした。

ユイトが振り向く前に、影はスッと消えていた。

残されたのは、錆びた鍵と、頭を埋め尽くす混乱だけだった。


第1章:錆びた鍵と影の声(2)終わり

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