第8話 フィルム

 夜もふけてきて、月の代わりに電池と充電のマークが宙に浮かんで見える。辺りにはいつの間にか、紅葉と暗闇の写真が壁紙のように聳え立っている。

 そして、ダークトーンのグレーやイエロー、ピンク色などの携帯の影がたくさん飛んでいる。いろんな人が、仕事終わりに携帯を使っているのかもしれない。

 「なんで紅葉の写真なんだろう?もうすぐ12月なのに」

 昆布茶くんが地面に座ったまま呟くと、コロンくんが首を捻って空を見上げた。

 「ここは、世界中の携帯の内部の集合体なんだ。夜はだれかの画像フォルダの風景写真が表示されるんだ」

 「詳しいんだね」

 ヘアピンちゃんが、うとうとしているチョコの実ちゃんの隣りで小声で話す。

 「本当は、この空間はすごく広いんだけど、僕たちが見てるのはごく一部分だけなんだよ」

 なんとなく、皆んな疲れているのか、静けさが広がった。

 ヘアピンちゃんの心の中では、今日見た映像が引っかかっていた。それは、衰弱した保護猫を引き取って、回復していく過程を撮った動画だった。

 痩せ細った汚れた子猫。助かったから幸運なものの、一歩間違っていたら、どうなっていたのだろう?何故かそんな考えが頭をよぎる。

 暗い顔をしていたんだろうか?コロンくんが近づいてきて、横に座った。

 「今日疲れたね。お腹空いた?」

 「う〜ん、大丈夫。ちょっと気になる事があって」

 「気になること?」

 「えっと。。なんでもないの。あのフィルムみたいなの、無限にあるのかなぁ?」

 コロンくんがふっと笑う。

 「けっこう皆んな似たようなのを見てるよ。ここにずっと居るから、案内できるくらい」

 「コロンくんは、どうしてここに居るの?楽しいから?」

 「違うけど、、秘密。何か気になるなら、案内しようか?見に行くの」

 黙って考えていると、コロンくんが立ち上がって手のひらを差し出してきた。考えたのちに、手をとり立ち上がるヘアピンちゃん。ササクレひとつない指。

 「何が見たいの?」

 ーー何をどう伝えたらいいんだろう?私のこの、小さな引っ掛かりを。


 「えっと、困っている誰かのことが、知りたいの。私、なにも知らずに生きてきたから・・・」

 目を見ひらいたコロンくん。

 「君は幸せに生きてきたんだね。悩みなら、きっと誰もが持っているかと思うけど」

 紅葉の葉が風にざわめいた。

 「今日、保護猫の動画を見て思ったの。前に、村田さんと散歩に出かけた時に、野良猫さんに会ったこともあったんだけど、何にも現実が見えていなかったんじゃないかって」

 「現実・・・そうか。じゃあ、ちょっと散歩してくるよ」

 コロンくんが、昆布茶くんの方を振り向いて手を上げた。昆布茶くんがうなづく。

 縦横に流れ続けるフィルムの映像。その狭い隙間を、コロンくんとヘアピンちゃんが歩いていく。よく見るとそこかしこに、透明な看板が立っていて、アカウント名が記されている。煌びやかなクリスマスカラーのケーキの動画の傍を抜ける。

 少し歩くと、ビルに似た、大きなフィルムの帯の陰になった場所に出た。

 『子供たちのボイス・サポーターになってくれませんか?』と映像に文字が書いてある。透明な看板に、CHILD_FIGHT_WORLDと書かれている。

 その、映像のなかにコロンくんが入っていこうとして、ヘアピンちゃんの方を振り返った。コップの取っ手と目もとが映像からはみ出ている。

 「外国のスラムに住んでいる子供たちだよ。見る?」

 ヘアピンちゃんは、うんとうなづいて、後に続いた。すぐに、褐色の肌の、笑顔の子供たちが見えた。カラフルな教室のような部屋で、手を挙げている。女の子も、男の子もいる。さわさわと、さざめく空間。

 コロンくんに、「ここはどこかな?」と聞くと、「フィリピンじゃないかな?いろんな国を支援しているNPO法人だから、いろいろ記事を見てまわろうか」「うん」

 2人が歩いていくと、別の映像に入ったようで、説明文が書かれている。

 『CHILD_FIGHT_WORLDは、アジアの貧困地域で子供たちを支援する、東京都の認証を受けた、認定NPO法人です。1日33円、月に1000円のご寄付で、子供の健康を支える栄養支援、76食分の栄養補助食を栄養不足の子供たちに提供し、子供たちが元気に成長できるようになります。「勉強がしたい」「仕事について、両親を貧困から救いたい」子供たちの声を支援する、ボイス・サポーターになりませんか?』

 今度は、本棚の前で、女の子と男の子が3人で笑った映像だ。3人とも似た、青い服を着ている。

 「外国には、栄養不足の子供たちがいるのね」

 「そうみたいだね。でも、問題はそれだけじゃないみたい。それに、僕たちに何ができるかな?」

 「知っても何もできないかな?」

 ヘアピンちゃんは、恐る恐る聞いた。

 「寄付できるお金がないなら、時々物品の寄付も受け付けているみたいだけどね」

 ヘアピンちゃんが笑顔になって言った。

 「コロンくん詳しいのね」

 「笑っているけど、笑えない暴力を振るわれてる子供たちもいるんだって」

 コロンくんが、前方の画像を指差した。暗い民家のような場所で、子供が1人で立っていた。

 瞬間的に胸が締め付けられた。なんと言ったらいいんだろう?自分の住む環境も、平穏も選べない小さな子供たちがいるーー。

 私に何ができるんだろう。村田さんに手伝ってもらおうか?でも、村田さんは、生活保護を受けていて、無職なのだ。どうしよう?

 胸にあった引っ掛かりは、大きくなって、ヘアピンちゃんを苦しめた。その日、ヘアピンちゃんも気付かないうちに、小さなひびが彼女の石にできた。でも、それに気付いても、コロンくんとうろうろと記事を読んで歩いたことを、後悔はしなかった。

支援には、ほかにもいろんな形があって、貧しい国に安全な水や衛生的なトイレを届ける寄付や、男女差別のある村で、女の子を保護して、勉強出来るように支援するプロジェクトなどもあった。

 ヘアピンちゃんは、村田さんのお母さんの家の引き出しに、古いハガキや年賀状が眠っているのを思い出して、自分が寄付しようかと思い、心のなかで自分を勇気づけた。

 

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