第3話アイドル女子にふたたび、戦いを挑む?会社を倒そうとする噛みつき犬へ、噛みついて、撃退

9 アイドル女子にふたたび、戦いを挑む



(なんであんな奴が我が社で活躍しなきゃならないの?)

 企画部なんて、我が社のコアと同じ。コアをエヘペロが動かすと言えば、我が社がエヘペロに動かさているのも同じ。

 部署に帰って、私はイライラした。

(もう、あの頃と同じ轍は踏まないと思っているのに、私はあの偽善者を邪魔したい。だって、あいつの欺瞞を広めるなんか出来ないもの)

 私の会社、この会社の全財産にも関わるのだ。

(私も企画を出す)

 もう関わらない。そう決めているけど、己の会社となると別だ。

(あの女にうちの会社の未来を委ねるなんて、出来ない)

「こちら、私もアイディアを考えました。よろしくお願いします」

 うちの会社は容器の製造会社だ。それも耐熱ガラス。かなり独特の路線だが、他に競合他社が少ないので、よく売れている。

 古くはガラス器具の店だったが、安いプラスチックが台頭するに押され、耐熱ガラス販売に変え、さらに事業を大きくし、日本でも屈指のメーカーに成長した。

「ええと?君、デザインでもやりたかったの?」

「え・・・?」

 企画部の中年の部長かと思ったら、目の前にいたのは、若い男性。

 髪を後ろに流し、パリッとした高級感のあるスーツ。

「城市くん?」

 静かで、大人しくてデスクにいても気づかなかったけど、よく見たら、城市茂次郎。元伊藤エリカの取り巻き。

 地味で目立たなかったけど、私が振られたことを大笑いした中にも、彼はいて、いっしょに笑っていた。と思う。

「な、なんでここに?」

「い、いや、僕は一応、企画製造部門の統括なんで、企画部の書類を見に来ることもあるんだよ、君、僕がこの社内にいるってこと、忘れてない?いや、完全に忘れてるよね。見ても眼中にないって言うか。いつも、その辺にもいるんだけど・・・?」

 言われた通り、彼の手の下には、上げられたデザイン画だの、企画書類だのが広げている。

 そうなのだ、城市工業の孫の彼は、私とは違って、いきなり、統括。自分では見習いと言っていたけど、本人はそう思っているだけで、いきなり、役職つきで、個室だ。だから、別室で常は仕事をしている。だから、普段は滅多に会わない。確かに地味で静かだから、私もあまり気にもしてないけど。

「久しぶりだね、君とは案外、顔を合わせないものだから、どうしてるのかなって思ってた」

 彼はなんだか嬉し気にほくほくと私の書類を見て、言う。

「僕もいきなり、統括だなんて、父に無理だと言ったんだけど、兄貴も最初はそうだったと言うから、仕方なく。でも、まあ、各部署のしっかりした部長がいるから、僕なんていなくても、ちゃんとやってくれているから、安心だ」

 それに聞いてもないのに、べらべらと己のことを喋り出した。

 私が高校の頃、大勢の前で、見事に竹内涼に振られたのを笑って噂したはずなのに、いい気なものだ。むしろ、ジャー島だった私が見事に振られたところを見たので、せいせいしたか?

「ええと、総務部だったよね?企画部に趣旨替えでも?」

 ここでつまづいては、会社がつまづく。

 私もこれしきの動揺で、足を止める女ではない。

 私のかつての噛みつき犬の力を発揮して、私は強固に持論を展開した。

「常日頃、私も会社に勤めるうちに、我が社の製品の新アイディアは持っていました。こう見えて、私、発想には自信があるので。子供の時は塗り絵が得意で、母からもデザインの道を進められたりしました。うちの製品は、ボウルからグラタン皿まで、ご家庭で広く使われているので、それをちょっと変えて、使いやすくしたらどうかと思って、デザインを描いてみたのです。ちょうど、うまいアイディアが、ひらめいたので」

「確かに、うちは家庭用品が主だが、デザインは古くなっていくので、新しい商品企画は常に募集している。新しい発想は大歓迎だ。企画部長や社長へなどけっこうアットホームな会社なので、思いついたら言うことは推奨している。こういう行動は、会社としても有難い。君のやっていることは男気があるって言うか、何て言うか、勇気があって、とても良いと思うな。些細なことでも、一つのアイディアでも良い。むしろ、会社のためを思ってしてくれる君のような行動は誉められるべき。僕は評価する」

 学生時代、彼は私を笑う一人だっただろうけど、今はもう、会社の上司だ。言うことも違う。昔の因縁を言ったところで、損。

 だから、私は構わず、付け加えて、説明した。この取手の部分がどうだのとか、透明度がどうだの。

 製造部や企画部を束ねる統括だ。企画部長より、彼のほうが役職が上。それに同級生で話しやすい。この会社の親族で、強烈なコネでもある。私の斬新なアイディアさえあれば、彼に話を通したら、通しやすい。

「だが、この書類はボツだな」

 え・・・?

 私が衝撃を受けている前で、彼は私のA4用紙をびりびりと破いた。

(わ、私のアイディアが・・・!)



「来て」 

 彼は私の手を取り、部屋を連れて出た。

「ちょ、ちょっと待って、どこへ」

 そのまま会社まで出て歩き出したので、私は戸惑いながら聞いた。

「いいから、いいから」

 もう夜だから心配だったけど、そのままぐいぐい引っ張って行かれて、どこに連れていかれるかと思ったら、近所の神社。

「はい、ここでお祈りして」

 彼はパンパンと、手を打って、神社に拝礼し、祈る。私も言われるまま、手を合わせた。

「これで縁が切れた」

 祈りが終わって、神社の境内に出て、彼は私を見て言った。

「え・・・?」

「ここは悪い縁も落としてくれる神社なんだ。うちの家業のそばでずっと見守っていてくれて、守り神と思っている。頼んだら、悪い厄も落としてくれる。さっき、ああして祈って、悪い縁は落としてくれるように頼んだから、もう、終わったよ。あいつとのことは」

「な、何を言って・・・?」

「だって、あれ、またライバル心剥き出しの結果、つまり、あの人を妨害しようとしての企画書なんだろ?でも、あんなの、素人の思いつきだね。君はデザインも商品企画も素人だよ、残念ながら、君のデザインは、あれしきどこでもある。せっかく出しても、役に立たない。だから、あんなの出さないほうが、沢島さんのためだよ」

「どう・・・して?」

 私が前に言った、元手下たちに言ったことと同じ、そろそろ、縁を切ったらどうと言ったのだ。なぜ、私のその望むことをしてくれるのか。

 高校時代の悪い結果に、私はどれほど呪われただろう?それを彼のようにどれほど、切ってしまいたいと思ったか。なぜ、それを言うのだ、彼は。

 彼は私が竹内涼に振られたことを知っているのは当然としても、あの女子を止めようとしているなんて、気づいているなんて・・・なぜ?

 竹内涼との因縁まで気にしているなんて。 

 いったい彼は何をしたいの?

 その行動と発言に、私は恐れて、言葉を発そうにも、声にならなかった。

「どうしてか?もう、二度と繰り返すことないじゃないか。君は君で人生があるんだから、君は誰にも影響されるべきじゃない。君の人生は君のもの。君がここにいるのは、君のため。今までも、これからもずっと、君のための人生だ、君は君のためにある。僕は君の人生を君の手に取り戻す。奴らのために捧げる人生じゃない」

 私のため・・・?

 彼は私が見事に伊藤エリカにやり返され、見事に振られたことを、彼も知っている。あの頃のことを彼が知っていて、こうしたのだと思うと、私は身が震えた。

「どうして、私のためなんか」

 きっと笑ったのだ。また、見事に振られるのに、犬みたいに付きまとっているって。これも私が高校時代あちこち噛みついたから、迷惑に思ったのだ。だから、これも、彼の逆襲なのだ。

 もう涙が出て、言葉が声にならない。

「どうしてか?高校の時、野球でケガして続けられない僕に、君は好きなら、諦めるなと言ってくれた。それから、言葉通り、君は見事な諦めなさだった。あの頃から君の事、僕は尊敬していた。負けても立ち上がって、追い払われても向かっていって、何度も何度も立ち上がる君のことを僕は見ていた。いったん離れたけど、この会社で出会って、また立ち上がる君を見て、君のことにまた、惹かれた。・・そう、この気持ちはそう言うのが正しい。僕は君に惚れた。君のその強気さにすごく惹かれている」

 私のことを・・・?

 そんなまさか、私はジャー島犬なのに。

 信じられない。私のことを、城市はじっと見つめ、私の頬にそっと手をあてる。

「君の強さが僕を元気づける。もういいじゃないか。昔のことは。君なら、他に成し遂げることがあるはずだ。昔の君なら、いや、今の君でも、君にならもっと他にやり遂げることがあるはずだ。君ももっと、他に目的を持ったらどうだ?僕もこれからもっと、野球以外の違う目標を持ちたい。それを、僕と共に・・・君となら、僕は出来る気がする、だから、君にあのボールももらって欲しかったんだ」

 あ、そうか。

 この人、うむ社長の孫だから、大人しい気性がそのままなんだ。

 それで、私に勇気?づけられる?のかしら?

 でも、それこそ、自分でやりなさいよ。そんなこと・・・

「でも、あなた、伊藤エリカの取り巻きで、伊藤エリカのことを好きだったんじゃないの?」

「違う」

「伊藤エリカと竹内涼を囲んで、いっしょに私のこと笑っていたんじゃないの?」

「野球ばっかりしてたのに、何も見てないよ」

 嘘・・・

 笑ってた。

 伊藤エリカのことも好きで・・・

「この嘘つき」

 私は思いっきり、その男の頬をひっぱたいた。嘘をついて、相手を騙し、私を愛人にでもする気なのだろう、社会に出たら、社長なんか、愛人を抱えているって言うし、若いとは言え、社長の孫だって何をするか。年取ってから愛人ってのはよくあるけど、だったら、その中年社長が若い時から愛人いなかったか?と言うと、いたに決まっている。

 こいつも、あちこち手を出して、若い時から仕込むかもしれないから、気をつけなきゃ。社長の孫なんて、お断りよ、この私を誰だと思って?愛人になる沢島小夜子ではない、愛人になどされてたまるか。






10 会社を倒そうとする噛みつき犬へ、噛みついて、撃退


 何にせよ、私はハードな人生だ。ハードな人生を歩む運命。

 高校の時から、それは覚悟出来ている。

 普通の幸せなど期待しない。甘く切ないものなんて、私の人生にない。似合わない。

 私なりに、生きてこそ、私。

 私は、私の生き様で私に出来ることをして生きてやる。

「あ、また来てる」

 うちの会社は大手ではないが、上場しているので、今はやりのM&A、すなわち買収計画がよくある。

 大半の株式は、親族会社の親族に買い占められているから安心だけど、そういう売買を専門にしているコンサルタント会社みたいなのがあって、営業はしょっちゅうだ。中にはタチの悪い連中もいる。

 そういうところは外国資本の会社らしく、海外でいかにも活躍しそうなビジネスマンがやって来る。

 髪は長毛、ぎらぎらしたネックレス、会社に来るときは、グラサンで態度は横柄だ。

 私は同僚と自社工場の一階フロアで社長が応対しているときに、そこを偶然、通りかかった。

 窓際の応接ソファがあって、くるくる長髪を濡れ濡れにした横柄な男の前で、弱気の白髪社長が困り顔をしている。

「ねえ、城市さん、例の話、考えてくれました?」

 うちの業界も、やはり不景気によって業績はかんばしくなく、他の企業と合併したら、大きくなって良いですよと持ちかけて来る。

 無口で大人しい社長は、このうるさ型の連中には、太刀打ちしきれてない。

「あの人、この前、高級クラブで女の人と騒いでいたわ。ちょうど、友達とカラオケではしごしてて、あの人を見たの。なんだか、嫌な感じだった。取り巻きの女の人とか、金の匂いがぷんぷんして、嫌だったわ」

 同じ部署のメガネでぽっちゃりの梅香が、メガネを光らせて言う。

 社長は困っている。社長としては仕事だが、社長だとて人間。断わり切れないこともある。

(私の出番だわ)

 断っても断っても、聞かない連中には、はっきりと言うしかない。

 社長には恩義がある。この身に代えても、この恩義、晴らす。そう決めたのだ、私。

「あ、沢島さん」

 私はつかつかとそのソファまで言った。

「城市社長なら出来るでしょう。城市社長の一存で、この取引を成立させてくださいよ」

「あ、う、あ・・・うーん、うーむ、それは」

「とりあえず、まずは、こちらの社長と皆で、飲みに行きましょう。良い店知ってるんですよ。こちらも大盛り上がりはさせてもらいますよ」

「しかし、それはもう、うちとしては考えておらないというか」

「そうは言っても、この前とは違う良い話をして来たので、一度、話を聞いてくれませんか。先鋒の社長と、御社は懇意なんですよね?すげなく断られたって言いましょうか?」

「え?いやあ、そう、言われましてもねえ・・・」

「お断りします」

「え・・・?」

「お帰り下さい」

「は?」

 そこへ私は、ソファの間のガラスのテーブルに立ち塞がり、言った。

「うちはたとえ不景気で、業績が悪化しても、日頃、たゆまぬ努力を重ね、その製品提供で売っている会社です。それは戦後、この会社を開業した先代が、製品ひとすじに会社を大きくしたから。今の我が社も、その努力と人とのつながりを基礎に、ただひたすら、努力を重ねて、会社を築き上げています。あなたごときの、書類上の数字の一点張りで、どうにかなるものではありません、お帰りを」

 男は何となく空気を察したようで、帰った。

「うわあ・・・沢島さん、あんだけ言って大丈夫なの?」

 ふたたび、コピー用紙運搬に戻った私に、梅香は言った。

 相変わらず、こえええ。

 噛みついてるなあ。

 という声が聞こえたが、それは元同級生だろう。

(だって、私、困った社長を助けたかったんだもん)

 でも、出過ぎたマネをしたかしら?

「・・・・」

 大人しい社長は何も言わず、ため息をつくだけ。私のことなども見ない。でも、助かった、って安堵してる。ほら、やっぱり、良かったでしょ。



「わっ」

 そのとき、階段を上がろうしたら、人にぶつかった。

「え・・・?城市君?」

「ちょうど、報告があって、兄が、常務がいないから、僕が行かないとと思って、見に来てたんだよ、社長、持病が悪化してるから。でも、君が・・・」

 城市茂次郎は私の手を掴み、私は腕ごと引き寄せられた。

「ありがとう」

「え・・・?」

 てっきり、怒られると思ったら、逆に茂次郎はにこにこととした。

「君の強気さ、ぞくぞくした。君みたいに言える人はなかなかいない。君は大切な人材だ」

「そうは言っても、これは性分だから」

 いつの間にか手を握られているのに気づいて、振りほどこうとしたけど、城市は離さない。

「もっと、君はやりたい放題やればいい、僕が応援する」

「何よ、社長の親族だから、私を好きに出来ると思ってるの?」

「そういうつもりじゃない。僕は君のためなら、何でもする」

「口先では何とも言えるわよね」

「本当だ」




 私が社内に戻った時、上から何かが振って来た。

 花瓶だ。

「危ない!」

 あまりに突然のことだったから、私は足が動かなかった。気づいた時はもう、目と鼻の先にあった。でも、そこから私が花瓶に頭突きをされないように、誰か背中を押してくれた人がいる。

 私は突き出され、前に倒れて、花瓶は直撃しなかった。でも、私を突き飛ばした人の頭に花瓶が当たって、その人は倒れた。

「城市くん?あ・・・」

 城市が私のことを追いかけて来て、私を助けてくれたのだ。

 倒れて頭から血を流している。慌てて助け起こすと、意識がある。

「ど・・・どうして、私なんかのために」

「言ったろ。君のためなら何でもするって、君のこと、応援したいんだ」

「そんなの、いくらでも、協力するのに、仕事なら、私はこの会社の社員なのに、あなたの言うこと、いくらでも聞くわ。だから、死なないで」

 これか、あの占い師の言っていたこと。上からのもの、命に係わる。この火急的緊急事態に思うことは相当いっぱいあったが、ふと一瞬だけよぎった。それを、この人が守ってくれた。

「仕事じゃない。君を僕は守りたかった」

 ぜんぶ私のため・・・?

 この人、本気?

 幸い、この時の怪我は大したものじゃなかった。



 階上に人影がさっと消えた。大勢、見に来たのに、さっと隠れるその姿を私は見逃さなかった。

 これを機に、越前谷は姿を消した。新人研修会で、私のことをそれほどまで・・・?

 横領した小松谷と共に横領した疑いがあった、でも、新入社員のあの時は、私はそこまで証拠が握れなくて、追い出せなかった。

 だから、私もいつか、あの件で不正を暴いてやろうと思っていたのだ。しかし、相手も感づいていて、私が何かしでかすか、監視していたに違いない。最後に、いわば本当に、亡き者にする気だったかもしれない。

 人の恨みは怖い。まっとうな怒りもあろう。許されないという尺度は人それぞれ。

 私のような、周りに食ってかかる吠え付き犬の怒りとは、まるで違ったものだ。分からない。分からない。理解を超える。

 私は町を放浪した。歩いて、歩いて。

 でも、歩き回って、力尽きるまで、何か正しい解答には至らなかった。

 うおおおお・・・・

 高層ビルの中で、私は吠えた。世の中の無情。己が理解出来ないこと。気持ちのやり場がないこと。泣いていたかもしれない。

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