フォークとナイフ
深海輝蕾
第1話 ナイフと重すぎる愛
「あなたのことは愛してる、でも愛せば愛すほど憎くもなるの…だから死んでもらう。悪いとは思わない…」
男の左胸には刺さったナイフ。女がその言葉とともにナイフを引き抜くと真っ赤な血が傷口から吹き出し、男は硬い地面に倒れた。
「ハハッ、国家保安隊員にしちゃあ、悪くない最期だ」
春、一人の青年、或いは一人の国家保安隊員はその恋人によって殺された。何とも皮肉なことである。
季節は春を迎えようとしているが、時代は厳しい「冬」の真っ只中である。横暴な君主による厳しい税と徴兵制、そして歴史上類を見ない言論統制に国民は苦しめられていた。この言論統制は、時に自由を求め国外に逃亡しても迫ってくるという。そんな中、十四ある政治区のひとつで国の中心からもっとも離れた城下第14ノモスで革命が始まった。その波は徐々に他のノモスにも広がった。それに対し王が黙っているはずはない。王はこれもまた非常に厳しく取り締まった。その役目を担っていたのが国家保安隊員の彼である。主な仕事は反乱組織に潜入し、その動きを国に報告すること、大きな動きがある前に国家保安隊上層部の指示に従って手を下すことである。その国家保安隊員のほとんどは幼いころに親に売られたり路上生活をしているのを国に拾われたりして国家保安隊員養成所で育てられた者たちである。そういった者たちは戸籍をもたないことが多い。いわば存在も与えられなかった、蔑ろにされてきたこどもたちである。国家保安隊員養成所に入ったあとは彼らはひとりひとり番号で呼ばれることとなる。そこで日夜行われる厳しい訓練を「生き抜いた」者が国家保安隊員としての働きをすることとなる。この青年もそのひとりだった。彼は、母親の名も顔も知らず、「存在を持たないこども」であった。そして愛に飢えていた。
「おっ、ここにいい材料が」
そう言って青年の遺骸の側を通りかかったのはある医者だ。いや、「元」医者というべきか。何を隠そう、この医者は先日失職したばかりである。ある「禁忌」を犯したことで医者免許を剝奪されたのだ。その禁忌のほどは後ほどお目にかけよう。さて、今ではこの男は医者ではないのだが、未だに医療行為を施している。夜な夜なスラムに出かけて行っては、貧しくて医療費を払えない人々に無償で医療を提供している。
そんな闇医者は青年に顔を近づけて舐め回すように見た。医者の目がつい先ほど女が思いきりナイフを突き刺して抜いてできた左胸の傷に留まった。
「ったく、すげぇ女もいたものだ。さすがにこの傷はタダモノではないな。でもまァ…まだいけるか」
一見終わりに見えるこの出来事こそがこの物語の始まりなのである。
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