第24話

夜は結局、編集長と二人で飲むことになった。


玲奈は夕闇編集部の紅一点、独身。


編集長を含む他四人の編集者は既婚子持ちの愛妻家なのだ。


パワースポット巡りをしていたら運気が上がって四十代で子宝に恵まれたという編集者もいる。


みんな子供がまだ小さく、可愛いらしい。


三人の編集者は、一刻も早く子供に会いたいと言い出すのだ。


編集は四十代が一人、他二人は三十代だ。


編集長にも家族はいるが、もう二人の息子も大きくなり、構うこともないし、奥さんも会社の人間と飲みに行くくらいは許してくれるという。


「全くあいつら、付き合い悪いな」


「小さいお子さんがいるんじゃしょうがないですよ」


編集長行きつけのバーに入ると、カウンター席に編集長と並んで座った。


ジントニックを頼む。カクテルはこれくらいしか飲めないのだ。編集長はマティーニを頼んでいた。


お酒が提供されると、特に乾杯をすることもなく静かに一口飲んだ。普段あまり飲まないけど、強いほうだ。


「それで? 仕事を任せてから随分影が差すようになってるけど」


編集長は玲奈を気遣ったのだろう。


「やっぱりそう見えますか」


「表情も暗いし、怖いものでも見た後のような感じだよ」


「実際怖いもの見たじゃないですか。私、怖いものが本当苦手で。ああいう映像もダメです。昭和の雰囲気は好きですが、日本人形とかもダメで」


「内田さん向きじゃない仕事を任せて悪かったかな。二年目で大きめの仕事に慣れてもらおうと思ってね」


うぅ、と内心で唸る。編集長はどれだけの修羅場をくぐってきたのだろう。廃墟や呪いがかかると言われる場所にも行ったことがあるという。


「それ言われたら、何も言えなくなるじゃないですか。パワースポット巡ってたほうがよっぽどよかったです。悪い噂のないところの」


「それじゃあ、仕事の成長が見込めないからなぁ」


編集長は頬杖をつく。


「本音を言いますけど、私は文芸編集希望だったんですよ。なのになぜか月刊夕闇に配属になって。これも謎ですよ」


「人、一人か二人欲しい、と希望を出したら君が来たんだ」


玲奈は突っ伏した。


「ああ、なんで!」


「そんなに嫌なら部署変えてもらうか? それでも今年いっぱいは頑張ってもらわなくちゃならないけど」


「そのうち変えて下さい。でも、辞めるかもしれませんけど」


「なんで。今すぐ辞めるのはやめてよ」


「今の仕事が終わるまではやめません。でも、婚約してるんです。あまりに合わないと思ったら、結婚して辞めます」


編集長は頭を掻き、マティーニを飲んだ。


「それも困るなぁ……せっかく入った新人なのに」


「編集長があまり怖い仕事を私にふらなければ辞めないかもしれません」


「仕事内容によるってか?」


苦笑している。


「大体どうやって例の三人と動画の関係性を知ったんですか」


「いや、去年動画を見た後、夕闇の編集後記にちらっと怖い動画がある、と書いたら匿名で情報が入ったというだけだ。みんな学校の顔見知りか誰かだろう」


「そうなんですね。よくわかりますね」 


「俺も編集歴は長いからね。勘だけは働く。最初の五年は週刊誌だったけど、二十五年、ずっと夕闇にいるよ。大分変わったけどね」


なんとなく、昔はもっと活気があって、人もたくさんいた光景が頭をよぎる。


「昔は違ったんでしょうけど、うちの部署、人間関係はいいのでそこは気に入っています。まあ、ほとんどみんな出かけてしまうので、交流する時間は少ないですけど」


「そこがいいんだよな。みんな愛妻家だし、アットホームな職場だよ」


「それ、ブラック企業が言う信じちゃいけない台詞ですよ」


「うちは仕事時間も人員もホワイトだろ。扱っている内容は別の意味でブラックでも」


確かにセクハラもパワハラもモラハラもない。編集長も威張らないので気軽に話せる。


「仕事内容もホワイトなら、いつまでもいたい職場ではありますよ。でもなんですか、今日の家庭は!」


ジントニックを飲み干し、グラスを強めに置いた。


「どうしたどうした」


「平助君は愛されていないんです。異常な家庭で育っていました」


そうして平助の家庭事情について見たまま、聞いたままを話した。


「それは――酷い家庭だな。ありえない」


「でしょう。いい子に育ったと思いますよ。なのにあの親! 母親だけを責められません。親権を渡した父親も父親です。平助君には元気で生きていて欲しいです」


しばらく編集長と家庭談義をしていた。愛される子と愛されない子。親の在り方。


「人の親っていうのは難しい。一生懸命育てても上手くいかないこともある」


「平助君の場合は育児放棄だったと思いますよ。育児放棄!」


「そうだなぁ……二十歳だからもう口出しできるようなことでもないけど」


はあっ、と玲奈は大きなため息をついた。平助はどんな思いであの親の元にいたのだろう。


愛していたのだろうか。あんな親でも好きだったのだろうか。


「まあまあ、興奮しないで」


「よかったですね。編集長は息子さん二人が大きく育って」


「ほんとによく育ってくれたと思う。で、言いたいことは吐き出せた?」


「まだ足りないです」


「じゃあ、もう一杯奢ろう」


「シャトーブリアンも奢ってくださいね」


「わかった、わかった」


ジントニックをもう一杯飲んで心の中をぶちまけ、編集長と駅で別れて帰る。


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