第五話 おにぎり専門店での出会い
焼肉フードバトルでの勝利から数日後、俺は気分を変えて別の店に向かうことにした。
「そろそろ別のジャンルの飯を開拓してみるか……」
フードバトルに勝ったとはいえ、毎回焼肉ばかり食べていると飽きてくる。そこで、以前から気になっていたおにぎり専門店『米楽(べいらく)』に行ってみることにした。
駅から徒歩五分。木造の落ち着いた外観の店の前には、数人の客が列を作っていた。
「ほう、なかなか人気があるみたいだな」
メニューを見ると、定番の鮭や梅はもちろん、高級食材を使った『いくらとウニの極み』や『和牛炙りにぎり』といった豪華なおにぎりも並んでいた。
「どれも旨そうだな……」
俺はメニューとにらめっこしながら、順番を待っていた。
店内に入ると、炊きたての米の香りが鼻をくすぐる。カウンター席に座り、注文を済ませた。
「へぇ、ここで何かイベントでもやってるのか?」
ふと店内を見回すと、一人の女性がカウンターでおにぎりを頬張っていた。
二十代前半くらいの女性。艶やかな黒髪を後ろで一つにまとめ、クールな印象を与える整った顔立ち。
しかし、その表情は無邪気なまでに幸せそうだった。
「……ん、美味しい……っ」
両手でおにぎりを大事そうに持ち、一口ごとにゆっくりと味わっている。まるで一流のグルメ評論家のような食べ方だった。
つい、その様子に見入ってしまう。
そして、彼女も俺に気づいた。
「……なに?」
俺を一瞥すると、冷たい視線を投げてきた。
「いや、悪い。そんなに美味しそうに食べるから、つい見ちまった」
「ふぅん……。まぁ、確かにここのおにぎりは絶品だからね」
彼女は新たに注文したおにぎりを手に取り、俺をじっと見つめた。
「……あんた、クイセンのプレイヤーでしょ?」
「っ!?」
ドキッとした。
「なんでそれを?」
「別に。勘よ。でも、フードバトルをやってる人って独特の雰囲気があるからね」
彼女はクールにそう言いながら、おにぎりを一口かじる。
「ふふ、面白いわね。だったら、私と……勝負する?」
挑戦的な瞳が俺を射抜く。
ここで出会ったこの女ただ者じゃない。そんな予感がした。
(こいつ……強敵になるかもしれねぇな)
こうして、俺は新たなライバルとの出会いを果たしたのだった。
◇
彼女の冷たい視線が、食事を楽しんでいたはずの俺に刺さる。おにぎりを食べる手が止まり、自然と身構えてしまった。どうやら、ここでの「クイセン」は、ただの食事じゃない。勝負が始まる瞬間だ。
「……やるか?」
「うん、やりましょう。」
店内の空気が一変した。周りの客たちも、次第に俺たちのやり取りに気づいている。緊張感が漂い、時間がゆっくりと流れる。
「おにぎりの大食いバトル……」
彼女は冷静に言った。
「ルールは簡単。時間内にどれだけおにぎりを食べられるか。途中で吐いたり、手をつけなくなったりしたら失格。最初にギブアップした方が負けよ。」
俺は軽く頷く。大食いバトルは経験がないわけじゃない。むしろ、何度も挑戦してきた。だけど、彼女の様子から感じるのはただの挑戦的な態度じゃない。これが、ただの遊びじゃないことは分かる。
ルールを自分たちで決めることもできるクイセンは。
「負けたくないな……」
心の中でそう呟いて、バトルの準備を始める。
店員が「スタート!」と声を上げると、俺たちは一斉におにぎりを手に取った。
最初の一口。
口に広がる炊きたてのご飯と、ふわっと香る具材の旨み。
鮭、梅、ウニ、いくら──。それぞれの味わいが、次々と口の中で踊る。だが、食べ進めるごとにペースを保つことがだんだん難しくなってくる。
「ふふっ、やっぱり食べるの早いわね。」
彼女の言葉に、ちらっと視線を向けると、すでにかなりの量を平らげている。
「お前、結構食べるな……」
俺は口の中でおにぎりをもぐもぐしながら、息を切らし始める。ペースが速い。かなりの量だが、彼女は余裕の表情で次々とおにぎりを口に放り込んでいる。
どんどん手を伸ばすけれど、次第に胃袋が圧迫されてくる感覚が広がる。冷や汗が額に滲んで、食べる速度が遅くなっていく。
「もしかして……もう限界?」
彼女は冷静に俺を見つめながら、軽く一口おにぎりを頬張る。その表情は、どこか余裕を感じさせる。
だが、俺の体は限界に近づいていた。食べても食べても、どんどん胃が重くなり、ついに喉が詰まりそうになった。数口おにぎりを食べるたびに、まるで鉄の塊が胃に押し込まれるような感覚が広がる。
「……もう無理だ……」
ついに、俺は手を止めて、テーブルに顔を伏せた。
「ギブアップ? 早いわね。」
彼女は微笑みながら、余裕の表情で残りのおにぎりを口に放り込んだ。
俺はその視線を受け止めることなく、頭を下げた。負けだ。
「……参ったよ。」
俺は静かに呟いた。
「次は負けないって、思ってるんでしょ?」
彼女はにっこりと笑って言った。
「それが面白いところよ。あんたが次にどう来るのか、楽しみにしてるわ。」
こうして、俺は敗北を認め、心の中で次の対決に向けての決意を固めた。
「今度こそ、あいつに勝ってやる……!」
そこで彼女が別れ際に名乗ってきた。
「そうそう私の名前教えてなかったわね」
「なんていうんだ?」
「ヘラよニックネームだけどね」
「ヘラ……」
ヘラとの出会いだったのだこれが。
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