第6話 愛と犠牲の狭間で

 退院後の生活は、思ったよりも静かだった。


 いつものように朝早く目覚め、無意識に仕事の準備をしようとする。でも、ふと気がつく。


 もう無理をしなくていいんだ。


 そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸をした。


 ソファに座ると、玲が隣にいた。まるでずっと前からそこにいたような自然な存在感。


 「いいね、ちゃんと自分の時間を持とうとしてる」


 彼は微笑んだ。


 「うん……」


 少しずつ、生活を変えようとしている。食事をきちんととるようになり、睡眠も意識して取るようになった。自分をいたわることを、やっと学び始めた。


 でも——


 「玲、あなたはずっといてくれるよね?」


 そう口にした瞬間、自分の中にある「怖れ」に気づいた。


 玲がいなくなったら、どうなるんだろう?




 今まで無理をし続けた私は、彼がいたから自分を見つめ直すことができた。彼は私を支えてくれた。優しく、時に厳しく、寄り添ってくれた。


 「……千尋」


 玲は静かに千尋を見つめる。その瞳の奥には、哀しみのようなものがあった。


 「僕は、君が幸せになるなら、それでいいんだ」


 「でも……」


 「僕は病気だからね」


 玲は微笑んだ。でも、その表情はどこか切なかった。


 「君が本当に健康になったら、僕はきっと消える。それが僕の役割だから」


 千尋の胸が締めつけられる。


 「そんなの嫌だよ……!」


 彼がいなくなってしまう。そう思うと、怖くて仕方なかった。


 玲はそっと千尋の手を取る。


 「大丈夫。僕は、ずっと君の中にいるよ」


 「でも……」


 千尋の頬に涙が伝う。


 「病気と共に生きるって、こういうことなんだよ」


 玲の声は優しく、それでいてどこか儚かった。


 病気を敵として戦うのではなく、無理に追い払うのでもなく。


 受け入れ、共に生きること。


 千尋はそっと目を閉じた。


 「……怖いけど、やってみる」


 玲の手が、温かく千尋を包み込む。


 「うん。それでいい」


 それは、愛とも呼べるような、優しい温もりだった。

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