第5話 過去の傷、未来の自分

 病室の窓から、午後の柔らかな陽射しが差し込んでいた。点滴の落ちる音だけが静かに響く。


 千尋は天井をぼんやりと見つめながら、自分の人生を振り返っていた。


 ──私は、いつからこんなに無理をするようになったんだろう。


 仕事に追われる日々。完璧であろうとする焦り。どれだけ頑張っても、心の奥底には満たされない何かがあった。


 「ねえ、千尋」


 玲の声が聞こえた。気がつくと、彼はベッドのそばに座っていた。


 「君はずっと、走り続けてきたね」


 「……そうしないと、誰にも必要とされない気がしたの」


 玲は静かに頷く。


 「いつから、そう思うようになった?」


 千尋は目を閉じ、遠い記憶を手繰った。




 幼い頃の自分。母に褒めてもらいたくて、いつもテストで満点を取るように頑張った。父に認められたくて、何でも一人でやり遂げようとした。


 「……頑張らなければ、愛されないと思ってた」


 ぽつりとこぼれた言葉に、自分で驚いた。ずっと閉じ込めていた本音だった。


 玲はそっと千尋の手を包み込む。


 「君は、君自身を愛せてる?」


 「……そんなの、分からない」


 千尋は唇を噛んだ。


 「ねえ、千尋」


 玲の声は優しく、それでいて切なかった。


 「君が君を大切にしないと、僕はずっとここにいるよ」


 千尋の胸がぎゅっと締めつけられた。


 「……私が、私を?」


 「うん。誰かに認められるためじゃなく、自分自身を労わること。そうしなければ、僕はずっと君のそばにいる」


 玲の言葉が、心の奥深くに染み込んでいく。


 涙がこぼれた。


 「それって……どうすればいいの?」


 玲は微笑んだ。


 「まずは、自分に優しくすることから始めよう」


 千尋は、そっと目を閉じた。


 初めて、自分のために涙を流した気がした。

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