第2話 私が一番知っている

「はぁ……//はぁ……//はぁ……//」


 一人でシ終えた私だけど、満足はしない。

 気持ちいし、ちゃんとイける。けど、やっぱり満足はしない。

 身体というよりも、心が。


 本当なら一人でシなくたって、和奏が相手をしてくれていた。私のあんなところやこんなところを舐めて、イジって。おかしくなるくらいまでにシてくれていた。

 感じる体温、吐息。それだけで私はイっちゃえるくらいだ。


 でも、今の私には何もない。

 ベッドでただ一人。シーツを濡らしているだけ。


 感じるのは、ただただ虚しいという感情だけ。

 恋人とエッチをすることは、性欲を満たすためのものだけではないんだなと、自分の身を持って痛感する。

 虚無になって、迫りくる寂しさに、私はまた泣いてしまう。


 「これが愛じゃなかったら、私が感じていたのはなんなの……」


 身を持って実感しているのに、それは相手には伝わらない。

 心をえぐれられる事実。誰も悪くない、自分が悪いだけなのに、なのに自分を恨めなくて。


 今日の私は、枕を濡らすことしかできなかった。



                ***



 とはいえ、学校は憂鬱である。


「はぁ……行きたくない」


 制服に袖を通したはいいものの、ローファーを履く私の足は異様に重く、その場から動こうとはしなかった。


 放課後はいいのだ。

 先輩が呼んだ助っ人と一緒に作業をして、あわよくば私の失恋話も聞いてもらえる。


 その放課後になるまでの時間があることで、私は憂鬱な気持ちになっている。

 なにせ、昨日振られたばかりの元カノである和奏に会いに行くのと同然なことをするのだから。


 クラスは一緒でないものの、廊下ですれ違ったり、食堂で鉢合わせたり、顔を合わせないのは学校という狭い空間では到底無理な話。


 それに、私がシたいだけで付き合ってる、なんて噂が流されているかもしれない。

 和奏のことだから、それはないと思うけど……人というのは嫌な妄想をしまう残念な生き物なのだ。


「和奏はいつも通りなんだろうな……」


 いつもの友達グループと喋り、笑顔を絶やさない。

 昨日までは、私もその中に居たんだけどな。

 過去は変えられないし、現実も変えられない。


 もし過去に戻ったとしても、私自身の性格を変えられる気もしない。

 他の友人には申し訳ないと思うけど、昨日を境に、そのグループの中に私という人物の存在は必要なくなってしまったのだ。


「……耐え、だよね」


 自分の頬をプニっとつまむと、私は覚悟を決める。

 今日行かなかったら、明日以降もっと行きづらくなる。そして、最終的に学校に行けなくなる。


 負のループの始まりだ。

 それだけは避けたい私は、そっとだが力強く、玄関の扉を開けた。



                ***



「別れたって、マジ?」


 学校に着くと、私の姿を見るや否や、同じグループの友達である実が蒼白した表情で詰め寄ってきた。


 別れてないよ? と現実逃避したい気持ちもあるが、ここで見栄を張っても仕方がない。


 嘘を吐いたところで、バレるのは時間の問題だし、自分が虚しくなるだけだ。


「うん」


 と、一言。


「……そっか」


 目を逸らす私の心中を察したようで、実もそれ以上は何も聞こうとはしてこなかった。

 実も薄々気づいていたとは思う。


 私がどれだけ和奏を求めていたか、そして和奏が私に求められていて困っていたか。

 友人なら、それくらい容易に察しがつくものだ。


 教室の中は、ざわざわと新作コスメの話題だったり、部活がどうだったりの話が飛び交う中。

 私の周りだけは静粛で、重い空気が漂っていた。


 本当は私だって、いつも通りにワイワイと有名Youtubeが昨日上げていたメイク動画の話で盛り上がったり、学生らしく恋バナでキャッキャと騒ぎたい。


 昨日のことを早く忘れて、彼女ではなく友達として和奏とも仲良くしたい。

 したいけど……私の心に付いた傷は簡単には癒えない。


 時間が解決してくれるのか、はたまた誰かこの傷を癒してくれる人物が現れてくれるのかは分からないけど。

 数週間程度では治らないくらいに荒んでいるのは、自分自身が一番分かっている。


「和奏もさ、色々悩んで決めたことだと思うよ。……だって、萌音のこと、相当好きだったから」


 ……嫌だ、そんなこと、聞きたくない。

 私のことを思って、慰めようとして言ってくれているのは分かる。

 けど、今の私にはそれが鋭利なナイフで心臓を突き刺されるほどに痛い。


 和奏が私を好きだったってことは私が一番理解している。悩んだ結果別れたことだって、私が一番理解しているはずだ。

 だって原因は私なんだから。


 グッと唇を嚙みしめたが、咄嗟に口走ってしまう。


「そんなの私が――」


 和奏の気持ちを。

 和奏のすべてを。


「一番知って――」


「実いる~?」


 それを遮るかのように、教室のドアの方から新鮮だけど懐かしく、嫌というほど耳に残っている。


 聞きたいけど、もう二度と聞きたくないとも思える声が教室に響いた。

 声の方に振り向く私は、本能的に顔を背ける。必死に聞こえていないふりをする。


「あ、和奏……」


 私が言わなかったその名前を、実は気まずそうにポツリと呟く。


「も……実、ちょっと話したいことあるから来てくれる?」


「うん! 萌音、ちょっとごめんね。また後で!」


 和奏に呼ばれた実は、私に小さく謝ると小走りで行ってしまった。

 一瞬、和奏が私の名前を呼ぼうとしていたのか気のせいだろうか?


 うん。ただの私の勘違いなのかもしれない。

 ただ和奏に名前を呼ばれるのを期待していて、その光景を想像したのが嬉しくてきっと、頭の中で都合よく聞こえてしまったに違いない。

 むしろそう思いたい。


 呼ばれたからって、どう顔向けしたらいいか分からない。多分、面と向かったら色々な感情が混ざってきっと可愛い顔はできないだろうから。

 結局、ぼっちの私。


 一人にして欲しいけど、この事情を知る人がいるなら話を聞いて欲しかった。全部ぶちまけたい。


 なんなら教室のど真ん中で、私って間違ってるのかな~! なんて言ってみたいけど、心が貧弱な私がそんなことできるわけもなく、心の中だけで叫ぶだけで。


 ただただ机に顔を伏せることしかできないのであった。


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