シたがりな私と先輩と
もんすたー
第1話 自分を慰める
「エッチなんて……恋人同士でしかできない最高のコミュニケーションじゃん……」
枕を抱きかかえながら、ポツリと呟く。
以前、友人に「そんなに性欲強いなら、いっそセフレでも作ればいいじゃん」なんて軽く言われたけど、それでは意味がない。
私は……ホンモノの愛を感じたいんだ。
偽物なんていらない。その場での快楽なんて、私はこれぽっちも求めていない。
そもそも、恋愛ってなんだろう。
好きな人と一緒に過ごすことなのか。放課後に手を繋いで帰ったり、デートで水族館や遊園地に行ったり、立ち寄ったアイスクリーム屋で違うフレーバーを選んであーんし合ったり。
それとも、もっと愛を深める行為をすることなのか。
ありのままの姿になり、相手の火照った体に自分の身を重ねる。誰にも見せないような表情を自分にだけ見せてくれる、甘い声が鼓膜に響くことが愛に直結するのか。
ただ単に、気持ちだけあればいいのか。
恋愛という言葉の中には『恋』と『愛』という文字が入っていて、どちらの意味も込められていると思うけど、その『恋』と『愛』の違いすら、この期に及んで分からなくなる。
「難しいな……恋愛って」
ベッドにうなだれる私、七尾萌音は、そんなことを考えていた。
数時間前、私は振られた。それもたった一つの原因で。
その原因こそが一番の問題で、恋愛において一番の難題だと私は思う。
「流石に私……毎日はもう限界だよ」
もう元カノになった斎藤和奏に言われた一言。
エッチとは、私にとって恋愛を象徴するもの。相手の愛を感じ、自分の愛を相手に示せる行為。
好きという気持ちをこれでもかと表現できるそれは、毎日でもシたいくらい私。
最初の頃は、ほぼ毎日欠かさずシていた行為なのに、段々と和奏はそれを体力がどうとか、愛が重いとか、何かしら理由を付けて断り、最終的に私を振った。
まぁどうせ、私のせいで自分の時間や友達との時間がなくなって、それが耐えられなくて振ったのもあるだろうけど。
それでも、恋人というのは友達よりも優遇されていいものだと思う。
だって、友達よりも親密に、友達とはできないことを出来るわけで。
それが特別で、好きって気持ちが大きくなる。
性欲もそこに関係してくるわけで。その人だからこそ発散したい、愛したい。
私は、相手に求められるのも自分から求めるのも、全てが愛に基づくものだと思っている。
確かに、人よりも性欲が強いという自覚はある。けれど、エッチをするのはただの欲求不満を解消するためではない。私は愛を確かめ合う行為としてシている。
恋人の全部、体液や匂いですら愛おしくて、全てを私にさらけ出してくれる。
その全てに私は愛を感じて、逆に自分の恥ずかしいとことをさらけ出して、この人だから見せれるという特別感に愛を感じる。
自分だけではない、同じ感情を相手にも思っていて欲しい。喜ばせたい、感じさせたい、私でイって欲しい。
それが普通に思っていた私は、どうやら普通ではなかったようだ。
「自分が相手を求めなくなったら、相手が自分を求めて来なくなったら、それはもう恋人じゃないのにな……」
声が震えて、頬に雫が滴り落ちる。
私は恋愛に向いていないのかもしれない。
エッチこそが恋愛において一番大切を謳っている私は、自分で気付いていないだけで、性欲の権化なのかもしれない。
けれど、恋愛感情と性欲なんて切っても切り離せないものだと私は思うし、世間でも思われていることだろう。
ただ、頻度の問題でその行為自体に特別感がなくなり幻滅してしまうだけだ。
毎日でも愛を確かめ合いたいと、毎日のようにシたいと思う私が、ちょっとおかしいだけ。
片腕で自分の目元を覆い、鼻を啜る。
行為が終わって部屋に漂う独特の匂い。疲れた体を癒す腕枕の温もり。トロンとした声とまたすぐにシたくなるような収まらない興奮。
その全てをもう和奏と共有できないことに、私は涙を流した。
刹那、頭の上に置いていたスマホがけたたましく音を立てながらバイブレーションする。
こんなにも傷心中の私に誰が電話なんて……と思った私だったが、
「慰めなんて今はいらないのに」
手を伸ばしてスマホを拾い、画面を見ると、涙ながらも私の口角は上がってしまう。
『今、泣いてるでしょ』
画面を操作し、そのまま耳に当てると、小さく笑いながらも優しく透き通るような声が聞こえる。
『分かってて電話をしたの? 詩音先輩』
電話の主は、立命・アルタージュ・詩音。私の一つ上の先輩で、高校の生徒会長を務めている。
ギリシャ人とのハーフで、肩まで掛かる艶やか白髪と、エメラルド色の瞳。クレオパトラのような美貌の持ち主だ。
そして、私の大切な理解者であり、友人である。
そんな彼女と知り合えたもの、全ては生徒会のおかげ。ひょんなことから入った生徒会だが、こうして一個上の大切な友達ができたのだ。
『私が慰めるキャラだと思ってるの?』
『さらさら思ってないよ。どうせ明日の話でしょ?』
『本当は明日くらい休ませてあげたかったんだけど、あいにく仕事が山積みなもんで』
『放課後、生徒会の全員で近隣の高校に挨拶周りなんだっけ』
明日は、他校と親睦を深めるために三校ほど挨拶に行くのだが、あいにく知らない人の前で笑顔を作れる程私に余裕はない。
『そう。本当は萌音も参加させる予定だったけど、そこは断っておいたよ』
『めっちゃ助かるそれ……』
私の心情を理解していた詩音先輩は、先に断っておいてくれたらしい。
流石、全校生徒に好かれる生徒会長。
『その代わりではないけど、学校に残って事務作業をして欲しいんだよね』
気は利かせてくれるものの、しっかりと業務はよこしてくるところも流石生徒会長だ。
『一人で?』
『明日くらい、萌音は一人になりたいでしょ?』
あと一週間くらいは無気力で、何もしたくない私だけど、仕事は仕事だ。
割り切ってやらなければならない。
勝手に失恋している一人の少女が生徒会自体に迷惑はかけれないのだから。
『まぁ、そうだね』
生気のこもってない声で言う私に、何やら企んでいる様子で詩音先輩は声高々に話す。
『でも、結構な量があるから一人でとはとても言えなくて、一人だけ助っ人を用意しておいたから!』
何それ聞いてない……って今聞いたばっかだから当たり前なんだけど。
『お助け侍的な?』
『的なやつ』
ついさっき、「一人になりたいでしょ?」とか気を利かせて言ってきた優しい先輩の言葉はどこへ行ったのやら。
完全に矛盾している言葉が聞こえてきた。
助っ人……か。黙々と失恋の痛みに病みながら作業をするのはちょっとしんどいところではある。
けれど、その助っ人とやらが私と面識があり、尚且つある程度心を許せて話せる人じゃない限りは来たところであまり意味がない。
仕事は二倍進むかもしれないけど、私へと負担はその分二倍になる。
『ちなみに誰かは――』
『それは明日のお楽しみだよ♪』
私の言葉を遮り、どこかご機嫌な様子で口にする詩音先輩。
この調子だと、いくら聞いても教えてくれなさそうだ。
絶対に何か企んでいる。
私には分かる。電話越しにニヤリと不快な笑みを浮かべている詩音先輩の姿が。
『はぁ……明日の放課後、とりあえず生徒会室に行くよ』
ため息交じりに言う私。
部屋の反対側にある姿鏡映る、ベッドに横になる私。
さぞかし涙でくしゃくしゃになり酷い顔をしていると思ったが、案外いつもと変わりのない様子に、自分でもびっくりしてしまう。
――人と話すって、大事なことなんだ。
詩音先輩には、私のあらゆることを聞いてもらっているし、それが私の精神安定に繋がってて、今もこうして死んでいる顔は浮かべていない。
私の言葉を受け止めてくれる壁みたいな優しい人。
けれど、やはりこの感情を他の人にもぶつけてみたい。仲のいい先輩一人だけでは私の感情のはけ口はどうにも少ない。
明日、私の前に現れる人次第では、話を聞いてもらおう。
仕事する傍ら、壁になって欲しい。事情を説明すれば明日くらいは私の話を聞いてくれるだろう。
『萌音ちゃん、絶対に気に入ってくれるはずだから』
詩音先輩の呟く声が聞こえると、そのまま通話は切れてしまった。
そこまで言うなら、先輩を信じるしかない。
「その言葉、期待するからね」
スマホを胸に当てると、目を閉じる。
明日のことは、明日にならなければ分からないけど。
先輩の言葉に、私はちょびっとだけ学校へ行くのが楽しみになった。
そのまま寝ようと思ったが、ふとスマホを触る。
何を思ったが、見たくもないのに写真フォルダを無意識に開いていた。
画面に映し出されるのは、オシャレなカフェを調べたのをスクショしたものや、友達との自撮り、好きなアニメのキャラクターの写真など様々。
何千枚と保存されている画像や動画、ここ半年で一番多いのは和奏だった。
一緒に撮った写真も動画も、和奏の楽しそうな姿を私の自己満足で撮ったのも。
楽しかった思い出が全てここに保存されている。
もう終わったことだし、消して全て忘れようなんてまだ私にはできない。
その覚悟なんて決められるわけがない。
「明日消すから、絶対消すから」
このまま長引かせても虚しくなることは分かっているため、自分で猶予を決める。
眠りについて、起きたら和奏の映っているものを跡形もなく消す。
泣いてもいい、思い出に浸ってちょっと笑みがこぼれたっていい。
忘れられなくても、忘れる努力をすればいい。
もし消せなかったら、誰かに消してもらえばいい。
「今日だけっ……//今日だけっ……だからぁ……っ……//」
和奏から貰った自撮りを画面に表示させると、私は手を下半身に伸ばす。
忘れようとするから、和奏のためにも私、頑張るから。
この瞬間だけは、和奏で私をいっぱいにして。
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