第17話 とあるお悩み相談室へ

 氷川との思わぬ出会いもあり、普段より賑やかだった休日はあっという間に過ぎ去っていった。

 休日が終わったということは────そう、今日は月曜日だ。


 月曜日特有の憂鬱な気分になりながらも、重い足を動かして教室に入る。



「遊介~聞いてくれよぉ……」



 すると、すぐに俺より憂鬱そうな声が聞こえてきた。

 ここまでテンションの低い星野はなかなかに珍しい。

 どうやら二階堂の席で話をしていたみたいだけど……。項垂れる星野の隣で、二階堂も机の上に突っ伏していた。


「朝からなんだよ。惚気話なら聞かないぞ」


「惚気じゃない……。むしろ、その逆だよ……」


「逆? まさか、また彼女と喧嘩したのか?」


「はぁ、そのまさか……」


「お前、この間も喧嘩してただろ」


「…………この間のから続いてる」


「マジか……」


 この間って、確か一ヶ月近く前だったような……。


 今までもこんな話は聞かされてきたけど、ここまで長引いたことは無かったはずだ。

 何が原因で喧嘩したんだか……。気になるところではあるけど、それを考えるより前に、机に突っ伏し続けてる二階堂に目をやる。


「さっきから気になってたんだけど、なんで二階堂までぐったりしてるんだ?」


「夜遅くまで、愚痴に付き合わされた……」


 俺の言葉に反応して、二階堂がゆっくりとゾンビのように顔を上げる。

 目の下に出来たクマを見て、こりゃ相当付き合わされたんだろうなと察した。


「それは、ご愁傷さま……」


「うぅ、遊介にも頼ればよくない?」


「こいつは辛辣だから嫌だ」


「そうかよ、じゃあ話を聞く必要もないな」


「まてまて、頼むから! もう、お前が最後なんだよ~」


 その場から去ろうとした俺の腕を、すがるように掴んでくる星野。

 こいつは本当に余計な発言が多いんだよな。こういうところで、彼女を怒らせているんじゃないだろうか。


「そうは言っても、恋愛系は一番相談に乗ってやれないぞ?」


「俺だって分かってるさ。だから一番最後にしたんだろ」


「はいはい、そうですか」


 なんでお前が開き直ってるんだか。深いため息が何度も漏れるけど、一応聞いてやることにする。


「それで、喧嘩をした原因は?」


「俺が女子と二人でいるとこを見たって」


「お前が悪いな」


「うん、透也が悪い」


「いやいや、言い掛かりだ。相手の女子に、話かけられてたとこを見られたんだから」



 そういえばこう見えてこいつ、意外とモテるんだったな。



「でも見られたからには、誠心誠意、謝ることくらいしか……」


「もう謝ったさ。意地張りすぎてた、俺が悪かったって」


「謝り方が気に入らなかったとか?」


「ちゃんと頭は下げたぞ。それ以上って、土下座しろってか?」


「いや、そこまでじゃ……」


 星野の彼女には会ったことないけど、流石に土下座を望むほど酷いやつじゃないだろう。

 考えてはみるものの、俺には解決するための良い案は浮かびそうにない。



「なら、女子の意見を聞いてみるのはどうだ? 男の俺らじゃ分からない視点から、良い案がもらえるかもしれないだろ」



 直接的な解決案では無いにしろ、俺が考えた中では一番良い案なはずだ。

 自信を持った答えだったけど、それでも星野の表情は暗くなるばかり。



「親しいやつには全員聞いた。聞いたけど、全員そんなやつとは別れろって……!」



 言葉の途中で、崩れ落ちていくように再び項垂れる星野。


 なるほどな。なんとなく、周りの女子が相談に乗ってくれない理由が分かる気がする。

 その女子たちは、今の彼女と別れさせて傷ついた星野に寄り添って傷を癒し────次の彼女の座を奪う。そんな魂胆と見た。


 俺の勝手な妄想ではあるけど、それくらいのことをされてもおかしくないほどに星野はモテる。


 結局、解決策が出ることはないまま授業の時間になってしまった。






 午前の授業も終わりに差し掛かっているけれど、前の席の星野は相変わらず落ち込んでいるようで。

 丸くなった背中から、嫌でも伝わってくる。


 これはかなり重症だな……。


 そんな様子に苦笑を浮かべていると、午前の授業の終わりをチャイムが鳴った。


「あぁぁ……俺はどうすれば……」


「もうこの際、物で釣るのはダメなのか?」


「ダメに決まってるだろ! これだから遊介は」


「悪かったな、恋愛経験ない男のダメダメな意見で」


 こいつがこんな様子じゃなかったらひっぱたいてるところだけど、今日は大目に見てやろう。


「だったら俺は、もうお手上げだな。いっそのこと、あまり関わったことのないやつにでも聞いたらどうだ」


 星野に気の無いやつだったら、女子でもまともな答えが返ってくるだろう。

 これ以上のことは、俺の頭じゃもう思い付かない。


「関わったことないやつに喧嘩話すんの? そんなの話せるやつなんて……」


 あまり乗り気じゃなさそうだけど、それでも教室を見回す星野。


「あぁ!!」


「急に大声出すなよ……」


 急に立ち上がって大きな声を出すなんて、ついにおかしくなってしまったのかと俺は訝しげに見つめる。


「あいつなら……。おい遊介、一緒に来てくれ! 渚も!!」


「えぇ、今度は何なの……」


 前の席で突っ伏していた二階堂も、声を掛けられると迷惑そうに顔を上げた。

 だけど、今の星野はそんなことなんて気にせず、お構い無しといった様子で止まりそうにない。


「いいから! ほら、行くぞっ!」


「おい、行くってどこにだよ」


 その勢いに引っ張られるがまま、俺と二階堂はついていくことに。


 そうして向かった先は────



「お~い、氷川さん。今日の昼、俺たちと食べね?」



「はぁ!? ちょっ、星野……」



 とんでもないことを言い出すもんだから、思わず俺は声をあげてしまった。

 星野が声を掛けた相手は、ちょっとした人だかりの中心にいる氷川。


「ん? 星野くんたちとかい?」


「ちょっと相談に乗ってもらいたくて……」


 この周りにいる人たちも、氷川を昼食に誘っていたんだろう。

 星野の言葉を聞いてか、鋭い視線がこちらに向けられる。


「そうだねぇ……」


 顎に手を当てて考えている様子を、俺はジッと見つめていると────ふと、目が合った。

 その瞬間、氷川の口の端が僅かに上がったような気がして。


「じゃあ、今日は星野くんたちとご一緒しようかな」


 表情に見入っている間に、どうやら答えが決まったみたいだった。


「え~、星野ズルい」


「おまえ彼女いるだろ~」


「星野の浮気者~」


 最後に来たくせに選ばれたからか、星野へのヤジがスゴい。


「あはは……。今日だけだから、悪いな。ほら、遊介も渚も行こうぜ」


 騒がしい人だかりを抜け出すと、俺たち三人、そして氷川といった────なんとも不思議な組み合わせで学食へと向かうのだった。

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