第7話 王太后のお祝い


 ヒルデ王太后は、先代・ゾルターン王の妻で、現王・ダヴィトの生母。

 つまり、私・ルミドラにとって父方の祖母である。

 お祖父さまであるゾルターン王が亡くなり、伯父様であるダヴィト王が戴冠し、喪が明けた後もルジェスキー城で暮らしている。

 王太后のための宮を用意する話もあったのだけど、夫との思い出の多い城から離れることを嫌がり、城の奥に居住しているのだ。


 もうすぐ王太后の誕生日。

 公式な行事もあるが、今日は非公式な内々の集まりである。

 お母様、ミランと共に馬車にのり、私たちはルジェスキー城に向かった。


「えーと、今日はディアナお姉様に、ノエミに……サシャとゾラだね!」

 

 金糸雀隊のメンバーの名前もすっかり覚えたミランが、馬車の周りを護衛する金糸雀隊の姿を窓から眺めている。


「ディアナが、金糸雀隊にいるのは心強いわね。けれどお父様が反対されたと聞いていたので心配していたのよ」

「そうなんですか? お母様」

 

 その話は初めて聞いた。


「ええ。金糸雀隊は大変な仕事ですもの。ご家族は心配されたそうよ。家からも離れないといけないでしょう」

「……確かに」


 金糸雀隊は交代で休日を取り、実家に帰ることもできると聞いていた。それでも家族と離れている時間は長い。

 ディアナの家・ラジンスカ家は王族にもっとも近い貴族の家系だ。ディアナ自身、美しく、立ち振る舞いも優雅で、憧れの令嬢として有名だ。

 子供の頃からよく遊んでもらっていた私にとっても「憧れのお姉様」だった。

 いくつの時だったか、おそろいのリボンをプレゼントしてくれて、とても嬉しかったことを覚えている。


(あのリボン、まだ部屋のどこかにあるはず。探してみようかしら)


 

 馬車は西の門から入城した。

 西の門はどの門より小さく、いわゆる通用門だ。王族や貴族が個人的な用事で城を訪れる時に利用される。私たち家族はもっぱらこの門を使っていた。


 今日は内々の集まりなので、お供を連れて歩くのも仰々しいのだけど、金糸雀隊が

私から離れるわけにいかないというので、ディアナとノエミだけが城中まで同行し、サシャとゾラは、馬車と馬と共に門の近くの馬車止めで控えることになった。


 お母様、そして私とミラン、ディアナとノエミがお祖母様の部屋に向かうために、廊下を歩いて行く。

 静かな生活のために、王太后の部屋はダヴィト王の部屋からも離れていた。そこで数人の侍女と侍従と共に暮らしている。

 

 金糸雀隊と一緒で、ミランは嬉しいようで、ディアナに一生懸命話かけていた。


「ディアナお姉様、今度、剣術を見せてもらえないですか!」

「ミラン王子には、そのうち立派な師範がつきますよ」


 金糸雀隊の面々はミランのことも可愛がってくれている。

 ミランも住まいが賑やかになって、以前より楽しそうだった。


 

「ああ、いらっしゃい。ルミドラにミラン」


 お祖母様が生活をしている部屋の側の広間に、親戚たちが集まっていた。とはいっても二十人もいないこじんまりとした集まりだ。

 お祖母様は窓の近くのソファに腰掛けていた。数年前から膝が悪く、座っている生活が多いと聞いていた。

 私とミラン、そしてお母様と共に挨拶に向かう。


「おばあさま! お誕生日おめでとうございます!」

「ミラン、大きくなりましたね」

「お祖母さま、おめでとうございます」

「ああ、ルミドラ。もっと近う」

 

 手招きされて、私はお祖母さまのおそばに寄り、腰を落とした。

 顔がよくみえるようにだ。

 お祖母さまは目を細めて。


「立派になって。もう成人ですものね」

「はい、お祖母さま」


 お祖母さまは、私の頭をそっと撫でた。


「美しい髪ね。女王候補にふさわしい、立派な姫君になりました」

 

 私の髪の毛は、お母様譲りのまっすぐで癖のない直毛だ。色はよくはちみつ色と言われる。昨年くらいから前髪も伸ばしていて、額の真ん中から分けている。前髪がないほうが大人ぽくみえて、成人式の後の王太女の儀式の時につける冠が映えるからとお母様から言われていた。私も今の髪型を気に入っている。

 お祖母さまは、お母様に視線を送った。


「オルガ、子供たちを立派に育ててくれて感謝していますよ」

「王太后様、もったいのうお言葉でございます」

「亡きゾルターン王も、ルビナ女王のおそばで見守っておりますよ」

「恐れ入ります」

 

 お母様は深々と頭を下げた。



 お祖母さまは客のために、珍しいお菓子やお茶を用意してくれていた。

 

「や、ルミドラ。ご機嫌はいかがかな」

「ローベルトお兄様。あ、ウルシュラ姫も」


 私には従兄に当たるローベルト王太子が、娘のウルシュラ姫を抱いて、私に声をかけてきた。

 ローベルトお兄様とは、先日の金糸雀隊の任命式でも顔を会わせているけど、ウルシュラ姫に会ったのは久し振りだ。


「大きくなってる! かわいい!」

「ああ、そうだろう? ほら、ルミドラ姫だよ」

 

 ウルシュラ姫は、人見知りなのか恥ずかしそうに目をそらした。そんな様子もかわいらしい。確か先日三歳になったばかりだ。

 

「どうだい、金糸雀隊とは上手くやっているかい」


 ローベルト王太子は二十九歳。私とは年齢は離れているけど、昔はよく遊んでもらった記憶がある。

 今も気安く話せる数少ない親族の一人だ。


「ええ、まあ。まだ全員としっかりお話したわけではないですけど、みなさん、優秀な方たちばかりで頼りになります」

「ああ。金糸雀隊は、女王や女王候補の象徴みたいなものだ。今日は、ラジンスカ家のディアナ嬢が来ているのか」


 ディアナとノエミの二人は、広間の入口近くで控えている。

 内々の集まりなので、私もお母様も大仰な服装ではないけれど、王太后のいる場に出向くということで、金糸雀隊は準礼服を身につけていた。

 礼服ほど豪華ではないが、きりっとした服装が、かえってディアナとノエミの華やかさを引き立たたせていた。


「もう一人は……ザルニツカ家のご令嬢かな。アルマディアの生まれだとか」

「さすが王太子様。城内のことをよくご存じだわ」

「まあ、このくらいはね。僕は今は暇だしね」


 あはははと、ローベルトお兄様は笑った。

 私はふとあることに気がついて、広間を見渡す。


「リヒャルトお兄様はご一緒じゃないの? お姿がみえないけど」

「ああ、あいつね」

 

 珍しくお兄様が眉を顰めた。

 リヒャルト王子は、ローベルト王太子の弟で二十三才。先日の任命式にも出席していたけど、言葉を交わす機会はなかった。


「リヒャルトは最近付きあいが悪いんだ。城内にもあまりいないようだしね」


 ローベルト王太子はご結婚を機に城を出て、離宮の一つを与えられて、奥様のダニエラ妃、娘のウルシュラ姫と暮らしている。が、リヒャルト王子は独身のため、城内のダヴィト王やカトカ王妃と生活を共にしていた。とはいえ、城は広いので、成人後はご両親とはほぼ別の暮らしらしいけれど。


「そうなの。久しぶりだからお話したかったわ」

「まあ、ルミドラも来年成人すれば城の出入りも多くなる。僕たちと顔を合わせる機会も多くなるね」

 

 さあ、お菓子でも食べようかと、お兄様はウルシュラ姫を抱いてテーブルのほうに向かったので、話はそこで途切れた。

 成人後の生活については、私はまだ何も考えていなかった。


(成人して王太女になったら……何が変わるんだろう。私はひとつ年を取るだけなのに……)

 

 集まっていた親戚たちと挨拶を交わし、口々に金糸雀隊の結成について祝いの言葉をもらった。ディアナたちと話したがるものもいて、彼女たちも挨拶をして回る羽目になった。

 礼儀作法は完璧な二人だったので、その美しい姿もあり、みんなは喜んでいた。


「懐かしいですね。金糸雀隊」


 そう言ったのは、お祖母さまだった。

 結局、お祖母さまにもディアナとノエミを紹介することになった。

 ディアナは元々面識があったけれど。


「クラーラの金糸雀隊も、とても優秀で美しい部隊でしたよ」

 

 亡くなったクラーラ姫はお祖母さまの実の娘だ。

 逝去された時の悲しみはとても深かっただろう。当時のゾルターン王も深い悲しみで、しばらく政務が滞ったとも聞いている。

 お祖母さまの目はディアナたちを見つめてはいるが、別のものを見ているようだった。


「ルミドラ」

「はい」

「立派な女王になりなさい。それを国民も願っています」

「……はい、お祖母さま」



 




 

 

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