第6話 背負わされること


「姫様、景色がよく見えるでしょう?」


 カグヤの声に、私は頷いた。


「私、これまで馬上でまわりを見渡したことなんてなかった。手綱を操ることでせいいっぱいで」

「さっきもそうなってた」


 カグヤは私がへっぴり腰で馬に乗っていた姿を見て、楽しくなさそうだなと思ったそうだ。


「馬も、やっぱり楽しく乗ってる人に乗ってもらいたいと思うし! あ、馬と話せないから聞いたわけじゃないけど」

「そ、そうよね」

「せっかくこんないい馬に乗れるんだから、姫様も楽しんでもらえたらいいなと思って」


 その言葉に、私はなんだか急に恥ずかしくなった。

 この牧場は王家の持ち物。馬たちも、代々手をかけてきたり、貴族や地方から献上されてきた馬が集められている。

 王族だからいい暮らしをしていることは、ぼんやりと理解していたつもりだったけど、私は本当は理解できていなかったのかもしれない。


 私が内心、しゅんとなってしまったせいか。


「姫様、なにか? やっぱり怖いですか? 馬」

「え、大丈夫、大丈夫よ!」


 カグヤって勘がするどいみたい。

 そんなふうに感じた。


「じゃあ、少し足を速めますね」

「え?」


 カグヤが軽く、手綱を揺らす。

 馬はすぐに足を速めた。

 

「あっ!」

「大丈夫です、姫様」


 馬は軽快に走り出す。多分、本当はそんなにスピードは出ていなかったのだろうけど、私にはとても速く感じた。少し、怖い。


「やっぱり、馬は走るのに限るなあ。風が気持ちいい」


 私の気持ちも知らないで、カグヤののんきな声が聞こえてきた。


「風……?」


 私は顔をあげた。

 馬場をぐるぐる回っているだけの乗馬だけど、確かに先ほどとは景色が違う。

 そして風。


「……風を感じるわ!」

「でしょっ?」


 背後からカグヤの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 私の頬を、風が撫でていく。

 こんな感覚、初めてだった。

 速度をあげたから、見える風景もどんどん変わっていく。

 ぐるぐると変わる景色も、面白かった。


 馬には何度も乗ったことがあるのに、面白いなんて思ったのは初めてだった。

 これまでは怖いだけだったのに。

 

「私だけでも、こんなふうに乗れるようになるかしら」

「なれますよ! でも練習は必要だと思うけど」

「そうよね」


 その通りだわとふふっと笑ってしまった。


 何周かした後、私は馬を降りた。

 アマーリエが、降りるのを手伝ってくれる。


「姫様、少しはコツが分かりましたか?」 

「ええ、なんとなくだけど、これまでとは違った感じだったわ」


 そうアマーリエに報告していると。


「それでは、馬を戻してきます」


 馬上のカグヤがそう言った。

 あ、と思った瞬間、カグヤは馬を操って軽快に去っていってしまった。


「さあ、姫様。少し休憩してから、宮に戻りましょう」

「え、そう、そうね」


 マリアナやノエミたちも近寄ってきた。

 私は言われるがまま、建屋に向かう。

 王や王族が来た時に着替えたり、休憩するための小さな建物だ。

 

 お礼、言いたかったのだけど。


 馬に乗ってみないかと言ってくれたのは、カグヤだった。よい経験になったので、そのお礼を言いたかったのだけど。

 でもまたその機会はあるだろう。金糸雀隊との生活は始まったばかりだった。



 翌日、自室の客間でユディタからの講義を受ける予定になっていた。


 私たち王族の子供たちは、基本的には学校にいかずに、家庭教師がつく。極めたい学問がある場合は、大学に進んだり、特別に講義を聴講する場合もあるが、成人を迎えると王族としての仕事などが忙しく、大学に通うのも難しいらしい。

 ハーデ王国では、六歳から十歳までは義務教育として、すべての子供が初等学校に

通う義務がある。ここには身分の差はないし、王立学校なら無償である。

 その後は、5年間の中等学校、それを卒業した後にさらに勉強したいものは、二年間の高等学校や各種の技術を身につける専門学校、そして軍の養成学校などがある。

 通常なら17才から入学できる大学に進学するものは、エリートだ。

 大学は三年間だが、さらに二年間勉強すれば、高等学校以上の教師になれる高等師範の免許が取れるのである。

 

 今日から私の家庭教師は、弱冠19才で大学を飛び級で卒業し、高等師範の課程も修めたユディタだった。


 自室の客間でユディタの授業を受けることになった。

 マリアナも同席していた。

 今日は初日ということで、これまで私が家庭教師に何を教わってきたかを、ユディタがノートなどをみて確認していた。


「ああ~この教科書、懐かしいな」


 マリアナは私の学友だった。

 数人で先生の授業を受けることが度々あり、その時よく同席していたのがマリアナだった。

 学友は、貴族の娘たちの中から同じ年頃の子たちが何人か選ばれていた。


 これまで使用していた教科書を書斎から侍女に運ばせたのだが、マリアナはその一冊を手にして、つぶやいたのだった。


 マリアナは、私との授業の他は、普通に高等学校まで通っていたそうだ。とはいえ、貴族の子女を集めた小さな学校だったそう。


「あの頃のみなさんはお元気なの?」

「うん、そういえば、リタはツィーガルデン王国に留学したよ。ヨハナは、婚約して

結婚準備中。ティータは……」



 当時の学友の噂話をしていると、ノートや本を確認していたユディタが、判ったと小さくつぶやいた。

 私とマリアナが、なにがだろう? という視線を向けたところ。


「姫様のこれまでの学習の内容について理解しました。そして何を強化しなければならないかも判りました」

「そ、そう?」

「このユディタが、女王にふさわしい知性と教養を身につけるための完璧な学習計画を作りますので、ご安心ください」

「お手柔らかに……」


 実際のところ、勉強自体はそんなに嫌いではない。

 これまでの先生も優しく、判らないところは根気よく教えてくれた。


「逆にルミドラ姫が勉強したい分野や科目はありませんか?」


 ユディタに問われて、私は少し考え込む。

 多分、歴史や経済に関してもまだまだ勉強不足なところがあるだろう。近隣の国の文化や情勢も勉強しなくてはいけないとは思っている。

 でも一番、私が知りたいのは。


「……女王はどうあるべき、なのかっていうことかしら……」


 私の言葉に、マリアナがさっとユディタの顔をみた。ユディタは苦虫をかみつぶしたような顔になっている。

 変な答えだったかしらと、内心不安に思っていると。


「姫様……それは大変難しい問題です」

 

 ユディタが告げた。


「そして、それは私が……いえ、たとえ大学の高名な教授であっても教えられるものではありません。姫様が自ら考えなければいけない問題です」

 

 私より幼くみえるユディタは、声もかわいらしい。しかし、このこの言葉は重みを感じた。


「そう、ね。ごめんなさい。変なことを言ってしまって」

「いいえ。でも姫様の疑問を解くためのお手伝いはします」


 ユディタの言葉に、マリアナも頷く。


「そうだよ。私たちは姫の警護だけにいるわけじゃない、姫様を助けるためにいる」

「ええ、そうです。私たちは、決して姫様を煩わせたり、傷つけたりしない。それが金糸雀隊のルールです」

「煩わせない……?」


 言葉の意味をつかみかねて、私は首をかしげた。


「そうだね。簡単に言えば、姫様は自分のことだけを考えていていればいいってことかな」


 マリアナの説明でも、完全に腑に落ちたわけではなかったけど、私は頷いた。


「さーて、では講義自体は来週から本格的にやりましょう。私はそれまでに学習計画を作ります」


 ノートを持って、ユディタが立ち上がった。


「姫、明日は外出予定だったよね」


 そう聞かれて、私は頷く。


「そうよ、マリアナ。ヒルデお祖母さまの内々の誕生日祝いなの。お会いするのは久し振りだわ」









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