本物の偶像

異端者

『本物の偶像』本文

「マネージャーさん、今日の仕事は……」

「レイナ、もう君の時代は終わったんだ」

 困惑するレイナに、申し訳なさそうにマネージャーの大岡栄治はそう告げた。


 レイナは、かつてはトップアイドルだった。

 世界初のロボットアイドル「レイナ」。多国籍語で流暢に歌い、激しく滑らかに踊る。

 それは生身の人間には到底真似できるものではなかった。

 見る者を圧倒し、夢中にさせた。

 人間も含めたアイドルたちの中でも、一気にトップに躍り出た。

 それはロボットによる人間の権利の侵害だと騒ぐ連中もいたが、それよりも支持するファンの方がはるかに多かった。

 彼女が訪れるイベントでは常に満席。人々はその一挙一動に夢中になった。

 しかし、そう長くは続かなかった――ARアイドルの時代の到来である。

 AR(拡張現実)で、ARゴーグルやスマホを通じて現実空間に投影されるアイドルに人々は興味を示し始めた。

 それは運営会社に少額を払えば誰でも利用可能なサービスで、多種多様な設定で全てが自分好みの「自分だけの」アイドルを作ることができた。髪や瞳、肌の色、髪型や服装、アクセサリーの有無はもちろんのこと、どんなダンスにするか、どんな歌を歌わせるかも。

 自分の好みに全て合わせられるARアイドルに対して、実体を持つロボットアイドルは不利だった。容姿も改造を加えなければ変えられず、定期的なメンテナンスは欠かせず、物理的な移動には時間が掛かる。コストパフォーマンスはもちろんのこと、その他の点でも劣っている部分が目立っていた。

 結果、人々はロボットアイドルに飽きて捨てた。ロボットアイドルのプロダクションは早々にARアイドルのサービスへと切り替え、残っていたファンたちの多くもそちらに追随した。

 今では、歴史的に価値があるとされる彼女のような初期型ロボットアイドルたちだけが残され、プロダクションでも閑職の者がそのマネージャーを務めていた。


 大岡もその一人だった。

 二十年前の人気のことは度々聞いたことがあったし、自分でその映像を見返したりもしていた。

 おおよそ人間では考えられないようなアクロバティックなダンスを踊りながら途切れず歌う彼女たちを、熱狂的なファンが取り巻いていた。

 それが、今では――彼はレイナを見て思った。

 彼とて、憐みの情がないわけではない。正直、一世を風靡ふうびした彼女がろくにメンテナンスもされず倉庫のような部屋で日に日に朽ちていくのを見ているのは辛かった。

 もう一度だけ、彼女にチャンスを――彼は思い切って、社長に直談判した。

 社長は最初こそ突っぱねたが、最後のライブだと宣伝すれば往年のファンを呼び込めると言われ、渋々承諾した。

「これが、君の最後の仕事になる」

 彼はそう言って内容を告げた。

「ありがとうございます。マネージャーさん」

 彼女は嬉しそうに頭を下げた……が、彼は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 準備は着々と進んでいた。もっとも、低予算であるため、大した物はできない。いかにも急ごしらえの野外ステージは、高校の学園祭のステージかと見間違う程だった。

 それでも、チケットは完売した。元から数が少なかったのもあるが、今でもARアイドルよりもロボットアイドルが見たいというかつてのファンのおかげだった。

 レイナには既に歌とダンスの設定は終わっていた。近年の流行を入れるべきだという意見もあったが、これはあくまでも往年のファンのためだということで昔の設定のままにした。

 大岡は、彼女がステージの上でリハーサルをする様子を見ていた。

 本来なら、人間と違ってそのまま本番でも問題ないが、ろくにメンテナンスもされていない状態では万全とは言い難かったからだ。

 激しく動く度にステージがギシギシときしんだ。


 そして、ライブ当日。

 中高年の男性が席の大半を占め、若者は少なかった。

 レイナが出てくると、それだけで激しい声援が起こる。近年ではロボットアイドルによるライブがほとんどなかったから、その反動だろう。

 もはや高齢者となった男性ファンの一人、松尾将太も居た。彼は理不尽な理由で失職中、偶然にもけっぱなしのホログラムTVでレイナを見て、そこに生きる意味を見出みいだした。レイナの「推し活」のために働き、かつてのライブにも頻繁に顔を出していた。

 松尾にとって、レイナは恩人だった。生きる意味を見出せなくなった自分にそれを与えてくれたアイドル――今ではそのライブすらなくなってしまっていたが、それでもかつてのライブ映像を繰り返し見ていた。

 そんな彼が、最後のライブといわれたこのライブに参加していたのは、ある意味必然だった。

 レイナが歌い、踊り出すと彼は夢中になった。周囲の人間も同様だった。

 ARなど所詮、データに過ぎない。こうして実体のあるロボットアイドルこそ、本当の偶像アイドル――そんな意識を共有しているような一体感があった。

 彼女がアクロバティックに踊ると、ステージがギシギシと軋んだ。三メートル程のジャンプからの宙返りをして着地すると、ステージ全体が少したわんだ。もっとも、誰もそれを気にしている者は居なかった……が、確実に崩れ始めていた。

 とうとう、照明を支えている支柱が観客席の方に倒れ込んだ。中断されるライブ。上がる悲鳴。

 彼女は、ステージを飛び降りた。

「レイナ! 何をしている!?」

 大岡が叫ぶ。

「お客さんを助けます!」

 レイナの関節部のモーターが異音を立てる。それを気にした様子もなく、彼女は支柱を退けて助けようとしている。

 それを見ていたファンの人々も手を貸した。

 下敷きになっていた人々が引っ張り出された。松尾もその一人だった。

「ああ、レイナさんに助けてもらえるなんて……ありがとうございます」

 松尾は胸が痛むのを抑えながらそう言った。

「いえ、来ていただいたのにすみませんでした。……あなたは、二十年前の今頃のライブにも来ていただいていましたね」

「覚えているんですか!?」

「はい、お会いしたファンの方々のことは覚えています」

 彼女のメモリーには、かつての記録は全て残っていた。その一人一人の顔も、当然……。彼はかつてよりも年老いていたが、レイナには分かっていた。

「ロボットアイドルは、いつまでも覚えていてくれるからなあ……」

「やっぱり、これがあるからやめられない」

 そんな声があちこちから上がる。

 ロボットアイドルは、一度会ったファンは忘れない。ARアイドルでも記憶させることはできるが、一度サービスを退会すればそれまでだ。

 現場を暖かな空気が包んでいた。

 やがて、救急車が到着し、症状の重い人から順に運んで行った。


 後日、この事故は大きく取り上げられた。イベント運営会社は、低予算とはいえ杜撰ずさんな設営をした責任を問われることとなった。

 また、積極的に救助に参加したレイナの動画が拡散され、ARアイドルにはできないことだと話題になった。

 これを機に、以前のようにロボットアイドルが見たいという声が上がり始めた。


「レイナ、そろそろ時間だ」

「はい、マネージャーさん」

 そこには、念入りにメンテナンスされ、全盛期のような、いや最新技術でそれ以上となったレイナの姿があった。

 多くの観客が待ち望む中に、彼女は姿を見せた。

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本物の偶像 異端者 @itansya

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