ひなまつり(KAC)

滝川 海老郎

ひなまつり

 今年もひなまつりの季節がやってきた。

 僕の思うところといえば、それが卒業シーズンだということだろうか。


 小学生の六年生の頃、好きな子のひなまつりの飾りを出すのを手伝ったことがある。


「これはそっち」

「これはあっち」


 そう言われて人形を所定の位置に飾っていく。

 呼ばれたのはなぜか僕だけで、あとは家族の人と一緒だった。

 そうして日曜日の午前中にはひな人形を飾ることができた。

 今でもなんでどういう経緯で呼ばれたのか思い出せない。

 さらっと放課後の話の延長とかで誘われたのだろう。


「お昼食べてくでしょ?」

「え、うん。ありがとうございます」

「いいっていいって、子供は遠慮するんじゃないぞ」

「はい」


 おじさんはそう言ってニコニコしていた。

 それから好きだった女の子、ラナちゃんもニコニコしていたっけ。

 お昼ご飯はお蕎麦だったと思う。大きな海老天が乗っていた記憶がある。

 でも僕たちは小学六年生。

 その月のうちに卒業式になって、そしてラナちゃんは私立の中学へ進学することが決まっていたと後で知った。

 結局、ラナちゃんと学校以外で会ったのは、あの日が最初で最後だった。

 だから僕にとって、ひなまつりは卒業式そして別れの象徴だったのだ。

 三月の学校が終わり、卒業式、離任式ではラナちゃんと会っていたのだけど、中学の三年間では一回も会うことがなかった。


 そんな僕もあっという間に高校生になった。

 今でも忘れられない。始業式の日、なんと高校の入口にラナちゃんが立ってサクラを見ていたのだ。

 だから僕にとってサクラは出会い、再会の象徴となった。

 ラナちゃんと無事同じクラスになれた僕は、この三年間の思いの丈をぶつけて告白した。

 結果はなんと、無事付き合うことができた。

 そして何組ものカップルが破局を迎える中、僕たちは三年間連れ添うことに成功した。


 そして高校三年生の三月。


「それはそっち」

「これはあっち」

「はいよ」


 僕はまたラナちゃんのひな人形を出す手伝いをしていた。

 今年は僕たちの卒業式だ。

 進路は一緒の大学に合格することができた。

 いや、大変だった。ラナちゃんは頭がよく、僕とは比べるべくもなかったので、一生懸命勉強してきた。

 大学合格をした日は、柄でもなく思わずガッツポーズをしたよ。


「来年はもう飾らないもんね」

「そうなの?」

「だって、私たち、高校卒業したら、け、結婚、するんでしょ」

「そういうことになってるね」


 僕たちは十八歳。結婚できる。

 今度こそ、この手からラナちゃんを離さないと誓っている。

 だから、大学生だけど結婚だけしてしまおうということになっていた。

 勢いだけだ、とも言われたけど、いいんだ。

 そういう風が吹いているんだから。


 結婚したらひな人形は飾らない。

 そういう儀式なのだそうだ。


「今度飾るときは、女の子生まれたらだね」

「そ、そっか」


 僕はタジタジだ。

 もうそこまでラナちゃんは考えているんだ。

 そっか、そうだよな……。

 僕たち夫婦になるんだから。

 大学生だけれど、節度を持って生活しよう。


 娘の幸せを願って飾られるひな人形。ひなまつり。

 ラナちゃんのひな人形は立派にその役割を果たしたのだろう。

 なんだか、その人形たちは自慢げの表情に見えた。

(了)

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