第18話 不安と葛藤

「あ、お兄ちゃん、急にごめんね」

みさきの申し訳なさそうな声を聞いたとき、通村は違和感を抱いた。

悩み事を隠す顏、言いたいことがあるが、それを口にだせなそうな不安な瞳、

そして、何よりみさきを体に黒い靄がかかっているような感覚。


「別にいいよ。それよりもどうしたんだ?」

「うん、あのね・・・」

「どこかで、お茶でも飲みながら話そう」

血が繋がっていないが妹には違いない。なにより、みさきはいつだって通村のことを気にかけてくれていた。



『洋二、ちょっと変よ、みさきちゃん』

『ほう、この子は通村さんの妹なんか?』


うるさい、とは言えないが状況を理解して欲しいものだ。

ミナミは察しているようだが、としゑにはまるでわかっていないようにみえる。




「アイスコーヒーとホットレモンティーです」

ウエイトレスが運んできた飲み物で口を潤すと、通村は沈黙を破るように口を開いた。

個人経営の店のせいか、静かで落ち着ける。

学生の馬鹿笑いが聞こえてくることはなく、ここでならゆっくりと話をできそうだ。


「何か悩み事か?俺にしか相談できないようなことか?」

通村の問いかけに、みさきはコク、コクと黙って頷いた。


学業や恋愛の相談ならば友人で構わない。

だが、みさきは通村の体質を知っている。妄想の類か、それとも心の病なのか、とにもかくにも通村にはがいることは話していた。


「あの・・・あのね、お兄ちゃん、今は何をしているの?」

伺うような眼差しを向けるみさきに、通村はどう答えればよいか逡巡した。

借金を抱えるフリーター。これは間違いない。だが、今の通村には別の厄介事を抱えている。


「今もフリーターだ。コンビニの夜勤。確か、前にも話したはずだ」

事実と半分以上の嘘を吐いているせいで声が裏返りそうになる。


実は事故物件に住むアルバイトをしている。しかも訳アリのアリのいわくつき物件。

今でこそ好意的だが、としゑには殺されかけた。

そのことを正直に話すには、かなりの勇気がいるし、みさきを不安にさせてしまうかもしれない。


どうするべきか・・・

通村は考えを巡らせながら、外に視線を送った。

3月に青木から話を持ち掛けられてから、もう3カ月経とうとしている。

梅雨のせいで、常にじめじめとしていて、普通に生活しても気が滅入りそうだ。


「あのね、私も変な体験をしてね・・・」

みさきは独り事を呟くように、ぼそぼそと言葉を発した。

「変なっていうのはどういうことだ?」

「今でも夢をみていたんじゃないかと思うんだけど・・・」

そう言ってみさきは、あの夜のことを話し出した。




俄かには信じらない。本当に夢ではないのかと思う。

だが、みさきに語り掛けてきた謎の男が気になる。

何よりも通村のことを「邪魔」や「厄介な存在」と口にしていたことが、この話が夢ではないと思わせた。


『洋二、ミサキちゃん、嘘なんかついていないわよ。それに、私たちは随分と恨みをかったみたいね』

ミナミは憎まれ口を叩いたが、余裕はないようだ。通村の肌をつたって落ちていく汗がミナミのものではないかと思わせるくらい焦っているようだ。


通村の口が金魚のようにパクパクと動く。だが、言葉が出てこない。

何をどう説明するべきなのか、完成したパズルを引っ繰り返したように言葉を紡ぐことができない。


リン、リン、リン。

絶好のタイミングなのか、それとも最悪なのか、通村のスマホが着信を知らせる。

着信相手は青木だ。

「みさき、ちょっと電話だから外に出る」

「うん」

通村は不安気な表情を浮かべるみさきを置いて、逃げるように外へ出た。

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