第19話 化かしあい

「はい、もしもし通村です」

「青木です。すいません、急に電話をかけてしまって」

青木は謝罪の言葉を口にしたが、気持ちがこもっていないのが感じとれる。

「それで、用件はなんですか?」

聞くまでもないが、いつものことだろう。ただ、それにしてはスパンが短い。

借金が減っていくのは有り難いが、通村にかかる負担も大きい。

それに、みさきのことが気になる。


「いやあ、本当に急で申し訳ないんですけど、今から会うことってできますか?

かなりの急ぎの用なんです」

「急ぎって・・・事故物件に早い、遅いがあるんですか?」

「その言葉を使うのやめましょうよ。瑕疵物件です」

そんなことはどうでも良いが、あまりにも急すぎる。通村は青木の意図を推し量ったが、答えは出てこなかった。


「詳しいことは会ってから話します。ちなみにこの話は余所から回ってきたもので、うちが管理している物件ではないですからね」

要するに青木が仲介役をして、マージンを受けとっているのだろう。

それは会社にとっての背信行為であり、罪に問われそうなものだが。

「あ、言っておきますけど、これは社長同士の繋がりで回ってきた話です。私が個人的に収入を得るわけじゃないですからね」

青木にも何か特殊な力があるのではないかと勘繰ってしまう。

通村が想像していたことをすぐに釈明するのだから。


「ええと、申し上げにくいんですけど、ここからはレベルが一段階上がると思ってください。ただ、その分、報酬も弾みます」

まるでゲームだ。レベルなんて文言を使うなんて、遊んでいるように聞こえてしまう。


「はあああ、自然死の次は、もしかして自殺ですか?嫌ですね、簡単に死なれちゃ。命を粗末にするなんて良くないです」

通村は盛大に溜め息を吐きくと、皮肉と嫌味の混じり合った悪意に満ちた言葉を返した。


「通村さん、本当に何か特殊な能力者なんじゃないですか?よくわかりましたね?そうなんです、自殺の物件なんです」

まるで、狐と狸の化かし合いだ。驚いている青木につい今しがたまで、思っていたことを言われてしまうなんて。



「ごめん、遅くなって」

「大丈夫、何か大事な用なの?」

みさきの視線が痛い。兄として相談に乗るつもりだったのに、それさえ叶わない。

「まあ、大事と言えば大事なんだけど・・・」

みさきに事故物件のアルバイトをしていることは口が裂けても話せない。

うーん、唸り声をあげながら、通村はボサボサの髪の毛を掻きむしった。

「あの・・・私が言うのも変なんだけど、もしもお金のことで困っているなら、少しだけど貸せるよ」

「いや、それはダメだ。違うな、そうじゃない、金には困っていない」

通村はつい語気を荒めてしまった。

情けない、惨めな気持ちで押しつぶされそうになる。

「ごめん、余計なお世話だったね・・・」

申し訳なさそうに俯くみさきを直視することができない。

「みさきが悪いんじゃない。それと、急用ができたから、俺はすぐに出掛けなきゃならない。みさき、困ったことや悩み事があるなら遠慮なく頼ってくれ」

通村は伝票を手にすると、座ったまま不安気な表情を浮かべているみさきに、作り笑顔を見せた。

「俺はみさきの兄なんだから、妹のためなら何でもするさ」

そう言うと、通村は足早に店を後にした。


嘘つき。

薄情者。

格好つけ。

頼り甲斐がない。

偽善者。

それから・・・


通村は自責の念に駆られながら、青木との合流を急いだ。




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