3 念願の初ライブは関係性に悩みながら

良いも悪いも知ってる人を好きになるわけがない

「彩ちゃん、衣装なんだけどこういう感じはどうかな?」


 4人でショッピングモールに行ったあの日から数日後。

 スタジオ練習の予定より早くライブハウスに着いたわたしは、また桃ちゃんからの相談を受けていた。


「これは仮の服だけど、こうやって切れ込み入れれば多少サイズ合わなくとも着やすいかなって」

「この飾りは?」

「ああ、余裕があればだけど、お揃いで何か付けられたら嬉しくない?」


 桃ちゃんが見せてくれるスマホの画面には、既存の服にアップリケを付けたり、他の布でサイズを大きくしたりしたものがたくさん写っている。


 みんな、桃ちゃんが家で裁縫してきたものだ。



 わたしも家庭科の成績は特に悪くなかったけど、ここまで上手くはできないし、家での宿題や楽器の自主練の片手間でできるほどの腕は無い。


「良いなあ桃ちゃん。料理もするんでしょ?」

「えっ、なんで知ってるの?」

「美弥ちゃんが前に言ってた」


 わたしが素直に褒めると、桃ちゃんは顔を真っ赤にする。

 8月に入って相変わらずの厳しい暑さ。ライブハウスの中は冷房がガンガンに効いているのだけど。

 それとも、恥ずかしいのかな?


 桃ちゃんが小声で何かつぶやいているが、騒がしさにかき消されてよく聞こえない。



「ほら。弟や妹の世話、わたしも手伝ってるから。やってるうちに、なんか好きになっちゃった」

 ようやくその言葉が桃ちゃんから聞こえた。


「でも桃ちゃんがそういうのできて助かるよ。わたしもこういうの得意じゃないし、あかりは本当にからっきしだもの」

「そっか、みんなの役に立てているのなら、私嬉しい」

 桃ちゃんはまだ顔を赤くしたまま、スマホの画面を操作して衣装候補をわたしに見せている。



「……そうだ、今度お弁当作ってあげる」


 えっ?

 不意に、想像に無かった言葉が桃ちゃんから聞こえてきた。



「お弁当?」

「……うん。ほら、こないだお弁当の話出たでしょ?」


 ああ、ショッピングモールでお昼食べてた時の話題か。


「それで、もしよかったら、それこそ今度のライブの日に、とか……」

「えっありがとう! 多分あかりも喜ぶだろうし」


 ライブの日は午前中にスタジオ練習をして、ライブのリハーサルと本番は午後。

 その間、わたしは設営の手伝いもしなきゃだから結構時間は無い。


 どういう風の吹き回しかわからないけど、お弁当で場所を気にせず昼ご飯を食べられるのは素直に嬉しい。


「あとでグループチャットにお弁当作るよーって言っといてよ。あかりも絶対賛成するから」


 普段からよく食べるあかりなら、大盛りでとか言っちゃうかもしれないけど。



「でも良いの? ライブ当日に大変でしょ」

 ただ思い返すと、わたしのお母さんは遠足や運動会の日に朝早く起きてお弁当を作っていた。


 大事なライブの日に、平気なのだろうか。



「問題ないって。それに私が作りたいから。あ、もちろん演奏の練習もちゃんとするよ?」

 だけど桃ちゃん、すでにすごい嬉しそうだ。

 両手を胸の前で握ってウキウキしているのがよくわかる。


 ……好きなんだな、料理するの。



「それはそうよ。わたしも練習がんばらないと。夏休みなんだから時間はあるんだし」

「彩ちゃん。他にも私にできることある?」


 おっと。桃ちゃんが、テーブルの向こうからこちらに身を乗り出してきた。



 うーん。せっかくなら、桃ちゃんの好きな人とやらを改めて聞いてみようか。



 ……いや、それよりも。


 わたしは思い切って、桃ちゃんに話してみることにする。



「ねえ、あかりってどう思う?」



 ***



 あのショッピングモールへ行った日から、わたしの頭は本当に変になってしまったのだろうか。


 というのも、あの日からずっと、あかりのことが頭から離れないのである。


 朝起きて。家で宿題してるときも。ドラムの自主練してるときも。

 このライブハウスでバイトしてるときも。


 気を抜くとすぐ、あかりのことを考えてしまう。


 考えたところで、あかりなんて休みの日は起きたくなったときに起きて、やりたいときにギターやベースを弾いて、食べたいときに食べてる、そんな自由な人間なのだが。あとは美弥ちゃんのことばかり考えてそう。



 とにかくあかりとは長い付き合いだけど、そんな風に頭に残り続けることは今まで無かった。

 わたしだってあかり以外にも仲の良い子は何人もいるし。


 それこそ桃ちゃんや美弥ちゃんだって大切なバンド仲間だ。ライブをやるという目標のためにもこの2人は欠かせない。


 でも、それを上回って、なぜかあかりがずっと頭の中にいる。



 やっぱり、あのマイクロビキニ姿が強烈に印象に残ってるから?


 いやいや。だとしてもあかりのスタイルの良さはもうわかってるんだ……



「彩ちゃん……?」


 はっ。


 気づくと、桃ちゃんの顔が若干曇っているような。


 それよりも、考えが思わず漏れてたことに気づき、わたしは口を閉じる。


「ごめん。でも、今言った通りで、最近あかりがずっと頭の中にいるというか」

「……それはね、彩ちゃん」


 桃ちゃんはわたしの肩を両手で優しく抑える。

 さながら、わたしを落ち着けるかのように。



「彩ちゃんは、あかりちゃんのこと好きなんだよ」



 ――はい?



「好きって、どういう?」

「どうって言われても……好き、ってことだよ。私も好きな人、いるし」



 えっ?

 じゃあ好きって、恋愛的な意味、ってこと?



「いやいや! あかりだよ?」

「まあ、確かにあかりちゃんかっこいいし、ベース上手いし、あかりちゃんなら仕方ないかあ」


 勝手に納得しないでよ桃ちゃん、と言いかけて思い直す。


 桃ちゃんの好きな相手も女の子だった。

 あかりが美弥ちゃんに向けているのも、美弥ちゃんが桃ちゃんに向けているのも、恋愛感情と言っても差し支えないものだろう。



 つまり、わたしがあかりを――女の子を好きになったとて何らおかしなことはない……?



 いやいや待て待て。

「それはそうだけど! でもあかりはだらしないし、わたしが見せてあげないと宿題もしないし、いつも食べてばっかだし」


 そうだそうだ。

 あかりの良いところと同じぐらい、わたしはあかりの悪いところも知っている。


 興味のないことには本当に興味ない、自堕落で自分勝手なあかりを好きになるわけがない。


「彩ちゃん、あかりちゃんに宿題見せてあげてるんだ」

「まあ、そうでもしないとあかり、絶対に自分からはやらないから」


「じゃあ彩ちゃん、あかりちゃんのこと心配なんだね。だから頭から離れないんじゃないの?」

「それとこれとは話が違うでしょ」


 あかりがいつも頭の中にいるようになったのは、間違いなくあのショッピングモールの日から。

 思えば、あの時からあかりが、なんだかいつも以上にかっこよく……


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