看板ボーカルと幼馴染ベーシストの板挟み攻撃

「水着屋?」

「えっと……ここだね」


 壁にある館内図の一点をあかりが指差す。

 楽器に向いてそうな、細くて長い指。やっぱりうらやましい。


「ちょうど建物の反対側かー。まあいいや、行こう彩」

「うん」



 ……思えば、ここにあかりと一緒に来るってことも多くないな。


 陽キャの代表、みたいなあかりは友達も多い。

 あかりとわたしは昔から一緒に遊んでたけど、あかりの周りにはわたし以外にも男女問わずいろんな子がいた。

 だからお互いの家やライブハウスとか以外で、あかりとわたしが2人だけでいるというのは意外とレアな機会だ。



 美弥ちゃんにとって、ショッピングモールに来た桃ちゃんは新しい桃ちゃんの一面、のはず。

 同じように、今わたしとショッピングモールで2人だけのあかり、というのは新しいのでは?



 そう考えると、そのあかりを見てみたくなる。



『美弥ちゃん、あたしと彩も今から行くね』

 あかりはグループチャットにそう送って歩き出す。



 よし、美弥ちゃんが桃ちゃんと一緒にいる時間を確保するためにも、ここはできるだけあかりを引き付けるんだ。



「あっ、わたし買いたい本あるんだった。ちょっと寄って良い?」

「ああ……良いけど」

 わたしは目についた本屋へ入る。

 お目当ての本があるのは本当だ。マンガの新刊で、入ってすぐのところに積まれている。


 けど、それをスルーしてわたしは売り場の奥へ。

 時間を稼がないと。

 ここに、長くあかりと一緒にいることが、美弥ちゃんのためになる。




「何欲しいの? 新刊なら入口に置かれてたけど」

「うん、それもあるんだけど、他にも気になったやつがあって」


 本棚の前で本を探すふりをしながら、わたしはちらちらとすぐ隣のあかりをうかがう。


 スラリとした高身長。

 太ももはしっかりあるけど、やっぱり細めの手足。引き締まったくびれ。

 それでいて出ているおっぱい。


 横顔も整い、長いまつ毛がはっきりと見えている。

 めんどくさがりなあかりはあまり化粧をしない。

 それでいて、すれ違った男の人がつい目を向けてしまうような顔立ち。



 ――はっ、何見てるんだ。

 気づくとついあかりを見つめてしまう。


 演奏中にこんなことしてたら絶対リズムを上手く取れる気がしない。


 あかりの外見の良さは今に始まったことじゃないだろう。

 むしろわたしは、一番近くでそれを見てきたじゃないか。



「ん、どーした彩? もしかして、欲しいやつが売り切れとか?」


「あっ、別に、そんなんじゃ」


 わたしは全力で手を振って否定する。

 もう、なんでこんなことで動揺してるんだわたしは!


「そう……あたしも最近マンガ読んでないなあ。彩、おすすめとかある?」

「えっ、おすすめ? でもあかり、わたしがおすすめしてもすぐ合わないって言うじゃん」

「あたしにも好き嫌いはあるよ。けど彩は、あたしが思ってもなかったやつを教えてくれるから」


 そう言うと、あかりはわたしの方を向いてほほえむ。


 全く、なんてかっこよく、美しい顔なんだ。



「……? 彩、やっぱり何か変だぞ?」


 うわ、近いってあかり!


 急に迫るんじゃない。そんなことされたら、わたしがびっくりしちゃうだろう。



 って、だからどうしてびっくりしてるんだ。


「ほら、あかり、わたしのおすすめ。音楽要素もあるし」


 わたしは本棚から読んだことあるタイトルのやつを1冊引っ張り出してあかりに渡す。


「ふーん、ありがと。じゃあ彩も早く買ってきてね」

 あかりは背を向けてレジの方へ。その背中さえも、様になっている。



 あー、どうしたんだわたし。

 あかりの言う通り、変になっちゃったとしか思えない。



 ***



 それからもわたしは、あの手この手であかりを引き止めた。


 何も用事がないのに電器屋さん入ってみたり。

 宝石店を覗いてみたり。

 やたらこまめにトイレ行ってみたり。


 そのたびにあかりは、少し不機嫌そうな顔をしつつもちゃんとついてくる。



 もしかしてわたしと2人だけになると、意外と大人しくなるのだろうか。

 早く美弥ちゃんと合流しよう、とかねだってわたしが強引に引っ張られるところまで想像してたのに。

 なんなら、そうなったら仕方ないな、ぐらいに思ってたのに。



 いや、そっちの方が普段のあかりらしくて自然に受け入れられたかも……



「あっ、いた! 美弥ちゃーん!」


 結局あかりと、変に精神をすり減らしたわたしは、普通の倍近く、30分ぐらいかけてようやく水着屋さんの前へ。


 すでに美弥ちゃんと桃ちゃんはお互い買うものを決めていたらしく、レジに並ぼうとしてるところだった。


「もう、彩ちゃん遅いよ。せっかくだから彩ちゃんの水着も選ぼうかなと思ったのに」

「わたしは良いよ」


 桃ちゃんが提案してくれるが、わたしはお断りする。

 あかりと違って、去年の水着まだまだ余裕で入るだろうし。


 一方そのあかりは、美弥ちゃんが持っている買い物かごの中をチラ見。


「そしたら、あたしも水着選ぼうかな。美弥ちゃんも桃ちゃんも来てよ!」

 うわあ、あかりすっごい楽しそう。


 

 と、わたしのスマホが振動する。


『彩ちゃん、もっとあかりちゃんを引き付けといてよ』


 ……これは、美弥ちゃんからの恨み節だ。



『ごめん、わたしはこれが限界』


 わたしはそれだけ返す。



 それに、楽しそうなあかりの背中を見てたら、あかりを落ち込ませるわけにはいかない、その思いが強くなってしまったのだ。



 本当に、どうしちゃったんだろう。


 幼馴染とはいえ、そこまであかりに肩入れする気は無かったんだけど。

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