ストーカーと矛盾と幻影マイクロビキニ
「うーん、だけど今日は4人で来てるわけだし」
「だから、どこかのタイミングであかりちゃんを引き離してくれないかな。午前中、美弥の服を選んでくれたのは感謝してるから、そのお礼もしなきゃだけど、それは別の日に」
そのあかりからほとんど同じことを、今日言われてるのですが、わたしは。
あかりは美弥ちゃんと一緒にいたい。そのために桃ちゃんを引き離す必要がある。
美弥ちゃんは桃ちゃんと一緒にいたい。そのためにあかりを引き離す必要がある。
矛盾してる。
これは申し訳ないが、美弥ちゃんのお願いは断るしか……
「でも、難しいよ。あかりは今日4人で来たいって言ったわけだし」
「だけど、午前中は彩ちゃんと桃の2人だけでいた」
うっ。そうなんだけど。
「それに……美弥だって、桃の服選びたい」
トーンが低くなる。
やばっ、美弥ちゃんの顔が明らかにすねてる。
「ずるいよ彩ちゃん。彩ちゃんより美弥の方が、桃のことずっとずっとわかってるのに。確かに桃が、彩ちゃんやあかりちゃんとも仲良くなりたいのはわかるよ? 別に美弥だってそうだし。でも、桃はずっとずっと前から美弥を見てくれたの。それを上回ることなんて、許されない」
わたしの背中が、ぞくっと震えた。
美弥ちゃんから感じる、何とも言えない圧力。
本当に美弥ちゃんは、一歩間違えたらストーカーになっちゃうんじゃなかろうか。
人を好きになるということは、こういうことなのか?
あかりも美弥ちゃんの話をしだすと雰囲気が変わる。美弥ちゃんも同じ。
好きとか、愛という感情は、人を何かにさせるんだ。
「……わかったわかった、わたしもなんとかしてみるから。でも、あかりはわたしもよくわかんないとこあるから、上手くいかなかったらごめん」
結局、わたしは押し切られてしまった。
だって、ボーカルの、『バンドの看板』の美弥ちゃんに何かあったら、それこそライブなんて無理だもの。
***
『あかり、やっぱり午後は美弥ちゃんと一緒にいるんじゃなくて、みんなで普通に楽しまない?』
チャット欄にそう文章を打って、思い直して消す。
さっきからわたしは細いポテトフライをつまみながらそんなことばかりしている。
やっぱり決心がつかない。
あかりの願いと美弥ちゃんの願いは矛盾する。
どちらかを聞いたら、もう片方は諦めないといけない。
そうなったときに、あかりの願いの方はまだ『午前中に聞いてあげたじゃないの』ができそうだ。
だから、あかりにどうすれば説明できるかを考えてるんだけど……
「あかりちゃん、さっきから何見てるの?」
「これ? ちょっと嬉しいことがあってね」
正面の桃ちゃんからの質問をそう言ってはぐらかすあかり。
でも隣に座るわたしには見えてる。
あかりのスマホ画面にはずっと、午前中に撮った美弥ちゃんのいろんな写真。
それを見ながら、あかりの顔は緩みっぱなしだ。
きっと午後も、同じようにあかりは美弥ちゃんの写真を撮りまくる気なのだろう。
それがわかっちゃうからこそ、あかりに『もう充分でしょ?』とは言いづらい。
あかりの嬉しそうな顔は、わたしも見ていて気分が良いし。
とはいえ、美弥ちゃんの頼みを無下にするわけにはいかない。
わたしの正面で、小さな口を動かしながらハンバーガーを黙々と食べる美弥ちゃん。
その様子は、さっきわたしを迫力で押し切った人と同一人物とはとても思えない。
「美弥、そんなところにドリンク置いといたら肘当たっちゃうでしょ」
桃ちゃんが時々そうやって美弥ちゃんにかまっている。口を拭いてあげたり、テーブル上のスマホをさっと移動させたり。
もう本物の姉妹にしか見えない。そしてそのたびに、美弥ちゃんは満面の笑みになる。
美弥ちゃんは、ずっとこうして桃ちゃんに世話されていたいのかな。
桃ちゃんを自分につなぎとめるためなら、きっと何でもするだろう。
結局わたしたちのバンドに入ってくれたのもそのためだったし。
桃ちゃんがいる限り、美弥ちゃんが抜けちゃうことはほぼ考えなくていい、はずだ。
あれ、でも美弥ちゃんが抜けようとしたら、首を掴んででもあかりが止めるはず。
逆にあかりが辞めるっていうこともないだろう。美弥ちゃんがいる限り。
……ってことは、わたしは桃ちゃんが辞めないようにしていれば、美弥ちゃんもあかりも心配ないのか?
とすると。
わたしは斜め前に座る桃ちゃんを見据える。
やっぱり気になる。桃ちゃんの好きな人。
わたしたちも知ってる女子で、年上でない。
これで美弥ちゃんやあかりだったら最高にややこしいんだけど、それははっきり否定されたし。
「ど、どうしたの彩ちゃん?」
はっ。
気づくとわたしは、桃ちゃんを真っ直ぐ見つめていた。
「う、ううん。その……結構桃ちゃんって、食べるの速いよねって」
「そうかな? あ、でも自然にそうなったのかも。ほら、うちは兄弟多いから、おかずはいつも取り合いで」
「うん。だから桃の家の夕飯はいつもケンカになる」
「なるほどーわたしもあかりも一人っ子だから、そういうの想像できないなあ」
「でもさ、彩だって昔、弁当にピーマンが入ってたら怒ってたじゃん。嫌いなのに!って」
「いつの話よそれ」
全く、授業の物覚えはよくないくせに、こういうことばかり覚えているのだあかりは。
後自分の好きなこととか。主に音楽関連。
だからこそ、何も見ずに名曲をかっこよく弾いたりしてるわけだが。
その頑張り、ちょっとは勉強とかにも向けて、とは思ってしまうけど。
「まあおかげで、あたしは彩の弁当も少し分けてもらってたわけなんだけど」
「良いなーそれ」
「おっ、桃ちゃんうらやましい?」
あかりに指された桃ちゃんの顔が、なぜかちょっと赤くなる。
「あっ……ほら、私は長女として、弁当を作ることもあったから、その、弁当を分け合ってくれるのは嬉しいというか」
「分け合うというか、一方的にあたしが食べてたんだけど」
「あー、あのときもっとあかりに食べさせてたら、こんなうらやましい身体にはならなかったのかなあ」
よく食べるくせに、プロポーションが変わらないどころかどんどん引き締まって出るとこ出ていくあかり。
まったく、わたしには無いものばかり持ってるあかりだ。それが良いんだけども。
「どーだろうね。こればかりは体質だし。ああそうそう、あたし水着も新調したいんだった。午後はそっち見に行く?」
水着?
だったらさっきのマイクロビキニを……
ああっ、なんで想像するんだわたしは!
今は、あかりと美弥ちゃんの矛盾する願いをどう解決するか考えないといけないのに……
「それより、私映画見に行きたいな」
えっ、桃ちゃん?
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