看板に嘘はつけない、マイクロビキニは刺さらない
「……で、彩ちゃんが桃の服を選んであげたの?」
「うん、そうだけど」
数分後、ハンバーガー屋の注文待ち列に2人で並びながら、わたしは美弥ちゃんの質問に答えている。
「それ、桃は喜んでた?」
「ああ……えっとね」
思い出すわたし。
そうだ、服を選びながら、好きな人の話になって。
そこから『彩ちゃんの好きな人は?』って言われて、それで仲が良い子ならってあかりを思い浮かべたけど参考にならなくて、そのとき美弥ちゃんマイクロビキニ写真があかりから送られてきて。
「彩ちゃん、急に顔押さえてどうしたの?」
はっ!
思わず浮かんだあかりマイクロビキニを、脳内から慌てて消し去る。
そして美弥ちゃんに、あかりから写真が送られてきたことを話す。
「で、わたしがあかりと美弥ちゃんのところに行って、それでなあなあになっちゃった。桃ちゃんには悪いことしちゃったかなあ」
「ふんふん……でも、桃はやっぱり楽しかったのかなあ。最近、彩ちゃんと一緒にいること多いし」
美弥ちゃんがため息をつく。
そしてわたしに向ける視線が、どこか怖い。
「そう……かな」
「うん。こないだのスタジオ練習も、その前も、彩ちゃんと桃は少し早めに来てた」
あーそれは、桃ちゃんの恋愛相談に乗ってただけなんだよなあ。
美弥ちゃんにとって大事な大事な桃ちゃんを取り上げる気は、わたしには皆無だ。
「最近の桃は、それまでと違う。家でもぼーっとしている時があるし、スマホをぼんやりと見ていて美弥の言葉が聞こえてないときもある。体調が悪いわけでもないのに」
美弥ちゃんは、後ろをちらりと振り返る。
少し離れたところ、奥のテーブルで何やら会話に花を咲かせているあかりと桃ちゃんが目に入った。
ショッピングモール2階のフードコートは、昼時とあってたくさんのお客さんでごった返す。
4人がけのテーブルをなんとか確保して、わたしは桃ちゃんと――つまり、あかりと美弥ちゃんを残して――ハンバーガー屋に4人分の注文をしに行こうと思ったのだけど。
『教えて。桃と彩ちゃん、美弥が見てない間何してたの』
そのメッセージを見て、わたしは予定変更して美弥ちゃんを連れてきた。
美弥ちゃんはわたしと桃ちゃんが一緒にいるのを好ましく思わないはずだから。美弥ちゃんには桃ちゃんのことをそれなりに教えなければいけない。
そうしないと、わたしはずっとボーカル、すなわち『バンドの看板』に変に目を付けられ続けてしまう。
そんなこと、双方に利益がない。
とはいえ、桃ちゃんには好きな人がいると正直に教えるのは、美弥ちゃんがショックを受けてしまいそうだ。
だからそこだけはぼかし続けている。
「桃、何を話しているのかな」
美弥ちゃんの言葉につられて目を向けると、あかりと桃ちゃんはかなり盛り上がっているようだ。
……まさかあかり、美弥ちゃんが好きだってこと話してないわよね?
「でもとにかく、バンド結成して少しした頃から、桃はいろんなこと気にし始めた」
「いろんなこと?」
「うん。桃が自分も服欲しいって言い出すなんて初めてだもの。美弥も昔欲しくない?って聞いたことあるけど、『自分が服買うと、その分弟妹にかけられるお金が少なくなるから』って言って、断られたことあったし」
美弥ちゃんが少しうつむく。
じゃあ、桃ちゃんがいつも古着スタイルなのは、弟妹のために節約してるというのもあるのか。
とすると、その節約を止めてしまうぐらいの何かがあったのだ。
当然わたしにはわかっている。その何かが、誰かへの恋心だってことを。
「ねえ、彩ちゃんは知ってるの? 桃が変わった理由」
「それは……知らないけど、高校入って何か気持ちの変化があったんじゃないのかな。美弥ちゃんだってそうじゃない? 桃ちゃんに誘われてバンド入ってくれたり」
いや、でも美弥ちゃんの場合根っこにあるものは変わらないか。
ずっとずっと、桃ちゃんと一緒にいたい。
「――だって、桃が変わっちゃうんだもの」
やっぱり。
絞り出した声は、どこか不満そう。
「本当は桃に変わって欲しくない。けど桃には桃の生活があるし、桃のやりたいことをねじ曲げるつもりはない。だから、美弥は桃についていくの。ずっと桃の隣にいたいから」
「美弥ちゃんは、それで良いの?」
「うん」
まあそうか。だからマイクロビキニ姿にもなったんだもんな。
ただ残念ながら、美弥ちゃんマイクロビキニが桃ちゃんに刺さるかと言うと、期待薄だけど。
「ねえ彩ちゃん。お願いがあるんだけど」
美弥ちゃんは、わたしの左手を両手でぐっと握ってくる。
昔の美弥ちゃんは身体が弱くて、自分と同い年とは思えないほど体力が無かった……そんな桃ちゃんの話をふっと思い出す。
わたしの左手には、全然力が伝わってこない。
だけど、上目遣いになった美弥ちゃんの目は、全然弱くなんかない。とても真っ直ぐな視線。
そういえば、わたしとあかりの前で初めて歌ったときも、こんな目してたなあ。
あのときの美弥ちゃんは、桃ちゃんと同じバンドに入りたくて必死だったんだろう。
美弥ちゃんにとって、この目は本気の目なんだ。
「午後は美弥、桃と一緒にいたい。彩ちゃんも協力して」
――えっ。
「でも、一緒にって」
「桃は普段、こういうところ来ないの。弟妹のために学校終わったら家事したり、買い出しに行ったり……その中でなんとか自分の時間を作ってる。ギターの練習したりライブハウス来たりしてる。ここも1階のスーパーは来たことあるけど……こんな風に服選んだり、みんなでショッピングとか、桃は全然したことないはず」
早口になる美弥ちゃん。
「だから、多分慣れてないはず。午前中は、彩ちゃんとあかりちゃんがいたけど、午後は美弥だけにしてほしい。美弥と一緒なら、桃も安心する」
だけど美弥ちゃんと桃ちゃん、年中一緒にいるじゃん、と言いかけてわたしの口は止まる。
ショッピングモールに来た桃ちゃん。
きっとそれも、美弥ちゃんからしたら新しい桃ちゃんの1つなんだ。
なら、できるだけ美弥ちゃんの意思は大事にしたい。
けど、美弥ちゃんと桃ちゃんをどうやって一緒にすればいいんだ。
だってそんなことしようとしたら、あかりはどうする。
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