第四十四話 ふたりで向かう

 大声で叫ぶ。

 ぶぉぅ、と強い風が吹いて、わたしは腕を顔の前に出す。

 腕を下ろしたとき、目の前には、斯波さん巨大な鬼が立っていた。


「少しずつ弱らせるつもりだったが、流石は王の番」

「皆へかけた呪いを解いてください。あなたの狙いはわたしでしょう?」


 高らかに斯波さんは笑った。

 一度は撤退したくせに、まだ余裕だと言いたいらしい。


「狙いが貴様だからこそ、これが最適な方法なのだ。周囲を巻き込みたくなければ大人しく幽世へ来いと言えば、従う以外の選択肢はないのだから」


 まさか、とわたしは答える。

 正直心細い。確かに今は虚勢を張っている状態だ。

 だけどこれから玲明様へ助けを求めに行くより、わたしが何とかするべきだと思ったのだ。


(そのために貰ったんだから、呪符を)


 わたしは懐から呪符を取り出そうとして――突然吹き飛ばされた。


「きゃっ」


 とさっ。草の上にしりもちをついてしまう。

 じりじりと近づいてくる。斯波さんが。ゆっくりと。獲物をいたぶるように。


「抵抗しても無駄だ。人間の分際で鬼に勝てるとでも?」

「勝てなくても」


 わたしは座り込んだまま、もう一度懐へ手を伸ばす。

 斯波さんの手が、伸びた爪が、ゆっくりとわたしへ伸びてくる。


「負けないことはできるかもしれません。『急急如律令』、『鬼を祓え』!」


 ――ばちっ


 何かが弾けたような音と激しい光!

 わたしは思わず目を瞑ってしまった。恐る恐る目を開けると、目の前には誰かの背中が見えた。


 ……黄土色の軍服。

 わたしのよく知る人物の背中だった。


「玲明様……」


(呪符を使ったら現れるだなんて、聞いてない!)


 わたしは別の意味で焦る。

 そんなことに気づいていないだろう玲明様がわたしに振り返った。


「守らせてくれ。お願いだ」

「……」


(どうして、そんな切実そうな表情を)


 わたしは何も言い返せなかった。

 斯波さんと再び向かい合った玲明様は、『破敵剣』を抜いた。


「祥爾。決着をつけよう」

「否。王の番が生きている今、お前と戦う理由はない」


 斯波さんが腕を大きく振り上げた。


「待てっ!」


 ……玲明様の制止も虚しく、斯波さんの姿はかき消える。


「……」


 わたしはどう声をかけるべきか迷って、まずは、感謝を伝えることにした。


「助けてくれてありがとうございました。まさか玲明様が来てくださるとは思ってもみませんでした」

「君を守るのが今の私の使命でもあるからだよ」


 玲明様が『破敵剣』を鞘におさめて、わたしへ手を差し伸べた。

 わたしは素直に従って、手を取り、立ち上がる。


「ありがとう、ございます」

「石井さん。女学校内の浄化は、陰陽省が責任をもって行う。結界も強化する」

「……お願いします」


 わたしは薄暗い空を見上げた。


(このままでは、いけない) 


 わたしは。

 できるかどうか分からないけれど。

 今のわたしにできることを、したい。


(……もう、しか方法はない)


 すぅ、とわたしは息を吸い込んでから、宣言する。


「玲明様。わたしは鬼の王と話し合いたいと思います」

「……?!」


 わたしは幽世で王令から受け取った真珠を取り出す。


「三度目の人生で鬼の王に殺される直前。彼は、真珠のことを聞いて動揺していました。そのときは理由が分かりませんでしたが、過去の幽世へ飛ばされて知りました。わたしは、鬼の王と、話さなければいけないんです。お願いです、幽世へ連れて行ってください」


 我ながら無茶な願いだという自覚はある。

 それでも、王令と話をしなければならない。


「……私に、の記憶はない」

「はい」

「だが、日中であれば、私は私でいられる。だから、私も一緒に幽世へ行く」

「え!?」


 今度はわたしが驚く番だった。


「そ、そんなことができるんでしょうか」

「分からない。しかし、君だけを幽世へ行かす訳にはいかない。止めても無理やり行こうとするだろうから……」


 ははは、とわたしは苦笑いで返す。


(三度目の人生では東雲さんについてきてもらったけれど、すぐはぐれちゃったし、なぁ……)


 どのみちわたしは王令と話したいのだ。

 もし幽世へ着いた瞬間、玲明様が王令になったとしても、問題はない。


「分かりました。よろしくお願いします」




   §




 面白いことになってきた、と大使は言った。

 そしてすぐに幽世行きの交通手段を手配してくれた。見覚えのある玉虫色の馬車だ。やはり、馬のようでそうでないふしぎな生き物が引いていくようなので、厳密には馬車じゃないかもしれないけれど。


「……幽世へ行くのは初めてだ」


 向かい合って座る玲明様の表情はかたい。

 今回は東雲さんから蔵面くらめんはもらわなかった。鬼から隠れる必要がないし、玲明様もいるからだ。


「玲明様。わたしがついています。きっとそろそろです」


 わたしの言葉のすぐ後。

 ぐいっ、と体を何かに引かれるような感覚があって――




 ――わたしたちは幽世に到着した。

 わたしの目の前に座っているのは、玲明様だった。

 ぎゅっと拳を握りしめてから、伝える。


「玲明様。玲明様のまま、幽世に着きましたよ」


 王令との交代条件は、絶対的にのようだった。


(ということは、日没を待てば、どこにいても王令と会える)


 少しの沈黙の後、玲明様がわずかに安堵したような表情を見せた。

 玲明様なりにやはり不安はあったらしい。


「私は幽世へ来れたのか……よかった」

「はい。どこからどう見ても、玲明様です」

「それで、どこへ向かう?」

「行きたい場所があるんです。ついてきてください」


 幽世でないといけない理由。それは、宵浜へ行きたかったからだった。

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