第四十三話 勝利条件の真実
「本当に、知りたいのか?」
玲明様の声は、恐ろしいくらい静かだった。
「はい」
「だが、今の私に勝利条件を満たすことはできない」
「わたしが協力しても、でしょうか?」
「そうだ」
あれほど躊躇っていたのに、今度は即答。一体どういうことなのだろう。
「納得できません。人間として生き延びたいと言われたばかりですよね?」
玲明様は立ち上がって、窓際へと歩いて行った。
私に背を向けたまま言う。
「私に与えられた『勝利条件』とは、君を殺すことなんだ」
(……え?)
意味が分からなかった。
鬼の王、王令が世界の均衡を崩すためには、わたしの死が必要で。
玲明様が人間となるのにもまた、わたしの死が必要――?
すると。
振り向いた玲明様の表情は、心から申し訳なさそうに見えた。
「私自身の手で、鬼の王の番を殺すことだ。そうすれば鬼の王の均衡が崩れて、私の魂を切り離すことができる」
わたしは不意に思い出す。
三度目の人生で、玲明様から『勝利条件』という言葉が出てきたときのことを。
『いや、勝利条件はあるんだが……』
あのときはまだわたしが王の番だと打ち明けてはいなかったものの、信頼度は低かった。
だから、三度目の人生のとき、玲明様は言葉を濁したというのだろうか。
(それじゃあつまり、最初の人生でわたしを殺したのは――玲明様だったということで)
「このことは私しか知らない。祥爾へも伝えていないことだ」
わたしと同じことを、今の玲明様も考えていたのだろう。
深く深く頭を下げてきた。
「本当に申し訳ない。私が、君の最初の人生で、君のことを殺したのだと思う。許してもらえなくてもしかたないと思う……」
その姿が、王令と、重なる。
『貴様は私を許さないか?』
宵浜で、角を取り戻したときの王令の表情と。
今の玲明様の表情は、まったく同じものだった。
「……分かりません」
わたしも立ち上がる。
あのときと違って、わたしははっきりと口に出していた。
「ひとつ言えるのは、そのおかげでわたしは何度も人生をやり直して、何度も生き延びる機会を与えられるようになったということです。わたしの人生は少しずつ変わってきています。だから、玲明様の人生だって、少しずつ変化してきていると思います。もしかしたら『勝利条件』だって変わってくるかもしれません」
まぎれもない本心で、言った。
玲明様は小さく息を吐き出した。
「君は、強いんだな」
「伊達に何回も殺されていませんよ」
わたしは無理やり笑顔を作ってみせた。
玲明様の緊張も、少しずつ解けていく。
会議机の上に、複数枚の紙を置いた。
「君に渡したいものがある。これは、陰陽師でなくても使える『呪符』だ。使うときは『急急如律令』、そのあとにどう使いたいかを声に出すんだ」
長方形の紙には、赤と黒で紋様や文字が書かれてある。
わたしは呪符と玲明様を交互に見た。
三度目の人生で、玲明様から言われていた。
『君が以前言っていた、陰陽師の要素の件。要素がなくても使える呪符を作ってみようと思う。いざというときに役に立つかもしれないだろうから』
(まさかこんな形で叶うなんて)
それを今の玲明様へ伝えることはしないけれど、わたしは、深く頭を下げた。
「祥爾は行方をくらましただけだ。恐らくまた君を襲ってくる。全力で守るつもりだが、いざというときのために、持っておいてほしい」
「……ありがとうございます。とても心強いです」
わたしは生き延びてみせる。
玲明様のためにも。
それはきっと、王令のためにもなるのだ。
優しいのだ、この人は。
繰り返されてきたわたしの死に対して、真実を知り、苦悩している。
最初の人生でも、玲明様はきっと苦悩したに違いない。
そして、玲明様の苦悩がわたしの死に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。
本当のことは分からないけれど。
(……信じよう、玲明様を)
わたしは密かに、決意を強くするのだった。
§
「おはよう、雪絵。……雪絵?」
寄宿舎の寮にて。
いつもの起床時間になっても雪絵が布団から出てこないので、わたしは雪絵を覗き込んだ。
「けほっ……。おはようございます、咲子さん……」
咳と掠れた声。雪絵は顔をしかめて、苦しそうに続ける。
「熱はなさそうですが、息が苦しくて……。今日は休みます」
「……分かった。先生には伝えておくね。シキ、雪絵を頼むね」
「わふぅ」
シキが雪絵の掛布団に、邪魔にならないように飛び乗った。
「……シキを撫でていると、なんだか少し楽になります……」
「ずっと撫でているといいよ。行ってくる」
わたしは部屋を出て、扉を閉める。
廊下にいると、あちらこちらから咳が聞こえてきた。
(……二回目の人生と同じような咳。これは、おそらく、斯波さんの仕業だ……)
斯波さんにとって、わたしのことは王令へ差し出す生贄にすぎないはず。
それなのに周囲を巻き込むだなんて卑怯だ。
雪絵のことも。女学校の、学生のことも。
教室へ向かうと、やはり、登校している級友は少なかった。
わたしは中庭へと向かった。
どことなく視界も薄暗く感じるのは気のせいではないだろう。
「斯波さん! いるんでしょう、出てきなさい!」
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