第二十五話 打ち明ける 決意する
§
わたしは、玲明と共に安倍家の屋敷へと向かった。
出迎えてくれたのは妙さんで、それだけでわたしはなぜだかほっとした。
「ようこそおいでくださいました。ささ、どうぞこちらへ」
案内されたのは客間だった。
玲明は今や、苦虫をかみつぶしたような表情でわたしを見ている。
「聞きたいことはたくさんあるが、時間がない。かいつまんで説明してくれるかい?」
「わたしは鬼の王の
「……!?」
玲明が面食らう。
当然の反応だ。だって、話しているわたし自身、突拍子もない話だと思っているから。
「かんざしは、二回目の人生で安倍先生自身からもらいました。わたしの正体を鬼の王から、――隠すため」
「……そうか。だから……」
玲明も徐々に理解しはじめているようだった。
かんざしに玲明自身の力が乗っていた。それだけで。いや、わたしの存在だけで。証明は、十分すぎるようだった。
「とにかく君が無事でよかった。これからのことは、朝になったら話そう。
「はい。分かりました」
「今晩はゆっくりと休んでおくれ」
玲明はなんともいえない表情のまま、客間から出て行った。
日没が近い。
つまり、玲明の存在は一時的に消えるということなのだろう……。
「ふぅ……」
息を吐き出した途端、全身の力が抜けていく。
そのままわたしは畳に倒れ込んだ。両腕を真っ直ぐ伸ばす。淑女らしからぬ行動だけど、誰も見ていないのでこれくらいはいいだろう。
障子越しに差し込んでくる、朱色。
部屋を濃く染め上げていく。まるで来たときとは違う空間のよう。
右腕を天井に伸ばした。指先が、朱色に染まっている。
ようやく、生き延びるための道筋を見つけた、気がする。
静かな夜だ。
今ここに玲明は、いない。
「わふぅ」
「シキ」
シキが膝の上に乗ってくる。撫でてあげると、しっぽを振ってくれた。持ち上げてぎゅっと抱きしめる。
「シキ。わたし、どうすればいいんだろうね」
「わん」
「陰陽師にはなれそうにもないし、二回も死んでるし。ここにいれば殺されることはないと思うけど、根本的な解決じゃないもの」
玲明は、『勝利条件』があると言っていた。
それを聞いて玲明に協力しないといけない。今のわたしにできることは、それだけだ。
§
朝が来て。
和服姿の玲明と、わたしは向き合っていた。
「咲子さん。君には大変な思いをさせて、本当に申し訳ないと思っている」
「顔を上げてください。わたしこそ、最初から打ち明けていればよかったのだと後悔しています」
玲明によると人間のなかにも鬼の王に肩入れしている者は少なくないらしい。秘密裏に組織化されていて、どこに潜んでいるのか分からないというのが実際の話だと玲明は説明した。
流石に自分の部下がそうだというのは、信じられなかったようだけど。
「祥爾とは陰陽省に入る前からの付き合いなんだ。陰陽師になるため苦楽を共にした。一体、いつからだったのか……」
玲明が肩を落とす。両手で、顔を覆った。
それから何かを決意したかのように立ち上がる。
「君と同じように、私も消える訳にはいかない。たとえ己の存在があやふやなものだとしても。協力してくれるかい」
「はい、もちろんです――」
わたしは、一瞬、ためらった。
ためらったけれど、大きく息を吸い込み。
玲明の手を取る。
「玲明、様」
「!?」
突然玲明が面食らったように見えたので、わたしは慌てて弁解する。
「先生と生徒という立場ではなく、今この瞬間から、わたしたちの間柄が協力者です」
反射的に反論してしまったが、玲明様――便宜上、内心でも様をつけることにする――が安堵したような表情を見せたので。
それはそれで、腹が立つ。
そういえば偽装恋人という話もあったんだっけ。
「改めて、私について話してもいいか?」
玲明様が居住まいを正す。わたしも応じて、背筋を伸ばした。
「私は二十五年前の蝕で、鬼の王の欠片が転じて人間となった存在だ。赤子の状態で安倍家の前に落ちていたらしい。安倍家当主はすぐに私が鬼の王の一部だと気づいたそうだが、議論の末、私を人の子として育てることに決まったそうだ。……この辺りのことは私にも記憶はない。当然のように人の子として育った」
玲明は苦笑を浮かべた。
「私が人の子ではないと知らされたのは『
「鬼を斬ると式神にすることができるという……?」
そうだ、と玲明は言って立ち上がった。
壁際にかけられていた破敵剣を手に取る。
「安倍家に代々伝わる家宝だが、本来の使用方法はただ鬼を斬り滅ぼすだけ。ところが私が使った場合、鬼は私の配下となる」
『玲明様は特別ですから~』
そして、わたしは何も言えなかった。
人間だと思って生きてきたのにそうじゃなかったと知ったとき。
自分だと思っていたものが崩れるとは、一体、どんな気持ちなんだろうか。
「夜になると私の存在は鬼の王へと引っ張られてしまう。それだけ不完全な状態だというのも事実だ。――咲子さん」
玲明がわたしを見つめる。
「共に生き延びよう。今度こそ」
「はい」
わたしは今度こそしっかりと頷いた。
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