第二十四話 裏切り者の真意と真実

   §




「痛……」


 ゆっくりと上体を起こすと、見覚えのある空間にいた。

 性格には、前回二回目の人生で。

 ここは陰陽省内にある石造りの塔の最上階だ。つまり、わたしはまた囚われてしまったのだ。

 ひんやりと冷たい床。窓は背丈より遙かに高いところに、小さな、格子付きのものがひとつ。申し訳程度に折りたたみ式の机があることも同じだ。


 からん、と懐から何かが転がり落ちた。

 拾い上げるとべっ甲の破片。どうやら、制服の内側に入り込んでいたらしい。手放してはいけない気がして、わたしは急いで隠す。


「目が覚めたようですね」


 声かけに気づいて顔を上げると、扉の前には斯波さんが立っていた。


斯波しばさん……!」

「安心してください。あなたのご学友たちは解放しました。記憶も残っていません――そう、あなたに関するすべての記憶が。ふふふ……」

「も、目的は、何なの」


 どうしても声が震えてしまう。だけど、今は虚勢を張るべきときだと、己に言い聞かせる。


「石井さん。貴女は薄々分かっているのでしょう? 私が望むのは、貴方の死。すなわちの完全復活。ただそれだけです。たったそれだけで、この世界は鬼に支配される!」


 淡々としていた斯波さんが、両腕を大きく広げてみせた。


「支配……? 人間と鬼は協定を結んでいるのよ。そんなこと……」

「せっかくだから教えてあげましょう。二十五年前のしょくで、鬼の王に異変が生じました。それが人間――玲明様のです。そのおかげで王は力の大半を失いました。だからこそ、人間と協定を結ばざるを得なかった」


 そして、斯波さんは、わたしを馬鹿にするように見下げてきた。

 わざとらしく溜め息もついてくる。


「これだけ言ってもまだ分かりませんか。協定とは自らの力を取り戻すための一時的な約束であるということです」

「……え……?」


 予想外の言葉に、わたしは斯波さんを見つめた。


つがいを殺せば再び王にゆがみが生じる。そのゆがみを利用して、王は再び完全体に戻ろうとしている。これが協定の真実です」

「あ、あなたは人間でしょう。どうして鬼の王に加担しているの」

「魅せられたからです。鬼の王、幽世かくりよの支配者に」


 斯波さんの瞳が、怪しく輝いていた。本気だ。この男は、本気で人間の世界を鬼へ差し出そうとしている……。


「封印は壊れました。陽が沈めば、鬼の王はあなたを殺しにくるでしょう」

「ちょ、ちょっと!?」


 がちゃん、と扉が閉められる。


「……嘘でしょ……」


 わたしはその場にへたり込んだ。

 つまりここに連れてこられたのは、殺されるためなのだ。鬼の王によって。


 いや、でも。

 玲明がわたしを番だと認識していなければなんとかなるかもしれない。

 とにかく今は一刻も早く逃げなければ。

 でも、一体、どこへ?


「安倍家……」


 あの場所なら鬼の王から逃れられると、玲明本人が言っていた、気がする。

 前回の人生ではシキが助けに来てくれて。

 格子を外して。

 塔から逃げた。


(今回も――来てくれたら――)


「わんっ」


 シキの鳴き声が聞こえた気がして、わたしは勢いよく立ち上がる。


「わふっわふっ」

「……え?」


 わたしは手の届かない位置にある小さな窓を見上げた。


「シキ! 来てくれたのね!」

「わん」


 二回目の人生で見たのと同じように、シキはぐにゃりと変化した。

 まるで液体のように、窓の格子をするりと抜けて、どんどん太い縄のようになって――わたしの目の前でぽとりと落ちる。

 わたしはためらわず、その縄を両手でにぎりしめた。

 ぎゅいんっ! しゅるしゅるしゅる……


「きゃあっ」


 思わず悲鳴を上げかけて、外に響いちゃいけないと口をつぐむ。

 信じられない力でわたしは窓まで昇ることができてしまった。

 わたしは唾を飲み込んだ。

 やり方は知っている。がち、がち。慎重に格子を一本ずつ外していく。


(高い……)


 わたしは立ち上がって、袖をしばる。裸足になる。

 そして、一本だけ残した格子にシキの端をくくった。


「大丈夫。大丈夫……」


 声に出すのは自分に言い聞かせるためだ。




「咲子さん!」




「えっ……」


 名前を呼ばれてわたしは固まった。

 地面にいたのは制服姿の玲明だった。


「ずいぶんと探したよ。どうしてそんなところにいるんだ」


 どんどんどん、と扉を叩く音。

 まずい。

 逃げようとしているのを斯波さんに気づかれたかもしれない。

 わたしはお腹に力を入れて、叫んだ。


「説明は後で! わたしは逃げます!」

「……分かった」


 玲明が大きく両手を広げた。


「飛び降りておいで」

「いえ、結構です。わたしはシキに捕まりながら降ります――って、きゃあっ!?」


 風が――強く吹いた。

 わたしは思い切り飛ばされて――




 宙を舞う。

 視界がゆっくりと、大きく、変わる。

 勢いよく落ちているはずなのに、おかしい。




 ――わたしは不本意にも玲明に受け止められた。

 受け止められて、そのまま、玲明を見つめた。


「……やはり、、だったのか」


 苦々しい表情の玲明へ、わたしは一気にまくしたてる。


「詳しいことは後で話します。わたしは死ぬわけにはいきません、先生だってわたしを死なせたくはないですよね?」

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