最終話 神秘と運命 ③

 さらさらと風が吹いている。気持ちよかった。空は快晴。薄青い透明の中を、地平線のそば、淡い雲が細くたなびいている。


 誰もいないビルの屋上で、私はそっと靴を脱いだ。左右をきちんと揃えて、その中に白い封筒を差し入れる。風で飛んでしまわないよう、重石代わりにスマホを入れる。


 頬に当たる風が心地いい。指先に挟んだものをくちびるに押し当てて、すうっ、と息を吸う。じん、としびれるような感覚が胸に広がった。


 電子ではないメンソール。生まれて初めての煙草を一本だけ吸う。蘭さんはまずいと言ったけれど、なかなかどうして悪くない。口元に笑みが浮かんだ。


 ふーっ、と煙を吐き出す。細い煙は澄んだ風に吹かれて、すぐにふわりと散っていった。目を閉じる。前髪がさらさら揺れて、額に涼しい風が当たった。ものすごく気持ちがいい。


(ああ、終わらせるには最高の日だ)


 蘭さんのことが思い出された。あの人はきっと怒るだろう。子供みたいに泣いたりするかもしれない。それでも。


 すっと目を開く。透明な空が飛び込んでくる。太陽の光がまつげに乱反射して、きらきらっ、と光を放つ。まるで蘭さんの髪みたいに。静かな笑みが浮かんだ。


(──蘭さん)


 覚悟なら決まった。

 いま私の中で、神秘が機能している。

 あのひとが私の運命だ。



「ありがとう、蘭さん。……さよなら」



 指先から、メンソールの煙草を投げ捨てる。火の付いた先端が地面に落ちるより先に、屋上に、ひときわ強い風が吹き抜けた。

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