第2話 桃の花、香る日に

 「な、ん、で!こんな立地の悪いとこに研究所、作るかなぁ?」


 資料で確認した『鳥乃光学研究所』を訪れたのは、業務指示を受けた2日後だった。

 少し山間部に入ったところにある研究所。

 それなりに大きな研究発表も出している研究所なんで、まあ交通の便は良いだろう。

 わたしはそう思って、いつものパンツスタイルのスーツに少しヒールのあるパンプスという出で立ちで出かけた。

 ……が、最寄り駅に着いて早々にわたしは後悔することになる。

 今の御時世、都市部を離れれば無人駅なんて珍しくない。

 そんな気楽な気持ちで改札を出ると、その先にはタクシーターミナルはおろかバス停すらない。


「はあっ!?」


 わたしは思わず声をあげてしまう。

 しかし、周囲に反応する人はいない。

 と言うか店も家もなければ、人っ子一人歩いてはいない。

 つまり、この駅は完全な無人駅だったのだ!

 その衝撃に打ちのめされつつも、わたしは時間が惜しい身だ。

 タクシー会社へ配送依頼を出そうと端末を取り出す。


「なんでよ!」


 わたしはまた叫んだ。

 なんで駅前で圏外なの?

 そこでふと思い出し、カバンに突っ込んだ資料を見直すと、最後の最後に一言、書かれていた。


『該当研究所はその研究のため、周囲の電波は遮断されている』


 …………………。


「なんで電波暗室状態なことを、おまけの付け足しみたいに書いてるのよっっ!!!」


 空に浮かぶ課長の顔に向けて、わたしは叫んでいた。


 ***


 そして現在、わたしは歩きにくい山道をえっちらおっちら歩いていたのだ。

 すでに暑くなってきたので、ジャケットは脱いで片手で持ちながら肩に引っ掛けている。

 ホント、カバンが背負えるタイプで良かったわ〜。

 両手が塞がっていたら水分補給の度に立ち止まらないといけないから。

 そんな感じで頭の中で、ブツブツと文句を言いつつ歩いていると、わたしは気がついた。


 甘い花の香り。


 ふと顔を上げて周囲を見渡すと遠くに花を咲かせている木がある。

 この季節に白い花か、多分梅の木かな。

 遠目には白に見えるだけで、近くで見れば薄い桃色の花弁が確認できるはず。


「よしっ!」


 花の香りで少し元気を取り戻したわたしは気合いを入れると、歩くのを再開した。

 目指す研究所はすぐ近く。

 桃の木々の奥に、資料で見た研究所が見えていた。


 ***


「失礼いたします。連絡させていだいた回天堂です」


 わたしは研究所のドア開けて声をかけてみる。

 見たところ入り口に呼び鈴もブザーも設置されていなかったからだ。

 反応がない、と思っていたら奥でドアが開く音が響き、パタパタとスリッパで走ってくる音が聞こえてきた。


「ああ、お待ちしていましたよ回天堂さん!」


 現れたのは初老の男性。

 痩せ気味の身体を白衣で包み、白い頭髪と顎髭。

 典型的な老研究者の出で立ちだ。


「さあさあ、立ち話もなんですのでこちらへ」


 そして、老研究者は人懐っこい笑みを浮かべたまま、わたしを奥の部屋へと招き入れた。


「では、お邪魔いたします」


 わたしは一礼して、研究者の後について行く。

 おそらく応接間に通されるのだろう。

 廊下を進んでいるとふと別の部屋が目に入った。

 そこは研究用と思われる機器が並ぶ中、うずくまるように雛飾りが置かれていたのだ。

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