【回天堂キ譚】トリノ光臨篇1 金屏風に映る灯

サイノメ

第1話 今日はいい日かも?

「トリの降臨?」


 わたしは思わず口にしようとした鶏のから揚げを取り落とした。

 だって、課長の話があまりにも唐突すぎたから。

 っていうか『トリの降臨』って何よ?


「『トリノ光臨』よ、正式名は『トリノエフェクト』」


 課長があきれたと言わんばかりの視線をこちらに向けてくる。

 仕方ないじゃない。

 専門外の知識なんて持ち合わせているわけないし。

 わたしは不機嫌な顔を課長へ向ける。

 そこにはいつものようにミラーシェードに隠された瞳が笑っている気がした。

 大体わたしと顔の基本パーツが同じなのに何なんだあの色気は……。

 などといつもと同じような不満が吹き出ているわたし。

 きっとジト目で課長を見ているのだろう。


「で、結局何なのよ? その『トリの降臨』ってのは」

「『トリノ光臨』よ」


 ……おそらくイントネーションの違いを見抜いわたしのボケを一蹴したな。


「いい加減、仕事お話しない?」


 少し呆れたような口調で問いかけてくる課長。

 そんな彼女の言い分も分からない訳ではない。

 しかし、いつも割り振られる仕事の内容は、一般的なアルバイトの域を軽く超えているのだ。

 創業会長の親類とは言え、一介のアルバイターにすぎないわたしにどんな責任がとれるというのだろう。

 一応、会社がトラブル発生時の全責任を取るとは言っているが、現場でもしものことが起きれば、その場で対処するのはわたしなんだ。

 だからせめて、業務をしなくて良い日のお昼ごはん時くらいは静かに食べさせて欲しい。


「あむ……」


 だからわたしは抗議の意味も兼ねて、鶏のから揚げを口の中に放り込んだ。

 やっぱりから揚げは揚げたてに限るなぁ……。


「そろそろ、いいかしら?」


 お昼ごはんが終わると改めて課長が話しかけてきた。

 一応満足したし、ちゃんと仕事しないとそれこそ会長ばあちゃんに叱られる。

 最悪の場合、家を追い出されるかもしれないのでわたしは真面目に話を聞くことにした。


「で、トキノ光臨だっけ?」

「そう、その研究についての調査よ」


 おや?

 珍しい、てっきりいつものように結果報告に行かされるのかと思っていたけど。


「調査依頼をわたしに回してくるなんて初めてじゃな?」


 わたしは確認する。

 いつもなら調査業務は課長本人か、普段姿を見せない『交渉人』が担当してる。

 アルバイトのわたしや『学生』はもっぱら結果報告担当だったのだから。


「今回は時間がないから特例よ」


 課長はサラッと返してきた。

 でも『時間がない』ってどういうことだろう?


「……今回、3月3日までに完了させる必要があるのよ」


 ちょっと待て3月3日だと?

 わたしは壁に貼られたカレンダーを見る。

 今どきカレンダーなんか貼っている会社も珍しいが、こんな時には重宝する。

 ともかく、改めて今日の日付を確認する。

 2月28日。

 今年は閏年じゃないから……。


「今日入れても3日半しかないじゃない!」


 思わずわたしは立ち上がり抗議していた。


「だから、特例よ」


 わたしの怒りを受けてなお、課長は平然とした顔でいる。

 顔の皮が厚いとは思っていたけど、そこにさらに厚化粧でもしてるんか?

 そんなことを考えているわたしに、資料の束を席に置きながら課長は話し続ける。


「調査先や資料はすでにリストアップしてあるわ。後は現地調査と報告だけよ」

「じゃあ、なんで自分でやらないのよ」


 不平が先に出たが、わたしは内心やる気になっていた。

 それは渡された業務内容資料に書かれた一言が目に入ったから。


『調査経費に関しては事前支給とする』


 いつものクライアント報告業務は近場なこともあって、経費後払いだ。

 しかも、翌月のバイト代支給と一緒なので、一ヶ月以上待つこともザラ。

 わたしは、この事前支給の文字に踊り出したい気分を抑えて、さっそく資料の確認を始めた。


 ビバッ、事前支給!!


 あ〜今日はいい日じゃないか!!


 ……あの時はそう思っていたんだけどねぇ。

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