いつぞやのひなまつり

秋乃光

開演前

 妹の環菜に連れられて、わたしは“アイドルのライブ”を見に行くことになった。人生で初めての経験だ。ドキドキする。


「なんでおねえが緊張しているのよ……?」


 環菜にはバレていた。わたしは環菜と比べたらそこまで熱心なファンではないし、このライブも環菜から誘われなかったら知らなかったぐらいだけど、それでも、かのしぃの活動は応援している(と、わたしは思っている)。だって『仮面バトラーフォワード』のお嬢様役だったから。アイドルとして、歌って踊る姿を、しかもで見られるなんて、緊張しちゃうでしょう? 環菜が平然としているのは環菜が何度も見に行っているからだよお。


 *


 フォワードの映画の初日舞台挨拶で、かのしぃ本人を見てはいる。けれども、直接おはなししたことはない。わたしはごく普通の一般人で、かのしぃはアイドル。


 おはなしするなんてそんな……、なんて言っていたら、環菜から「はチェキ一枚無料よ! チェキのときにおはなしできるから『仮面バトラーフォワード』を見てました! って言えばいいじゃない!」と食いつかれた。


 新規とは、わたしのように初めてに来た人を言うらしい。

 現場はライブ会場のこと? らしい?


 いろいろな用語があるんだねえ。


「チェキって何?」


 見事に釣られたわたしは、環菜の『チェキ帳』を自慢される。ピンチェキと呼ばれるかのしぃピンひとりのものから、サインやメッセージが書かれているもの、環菜とのツーショットなどなど。


「わたしは写らなくていいよお」

「えぇ、もったいない。かのしぃ、頼めばぎゅっとしてくれるわよ」


 他のチェキよりも大きなサイズ(※ワイドチェキ、というらしい)で、環菜とかのしぃが抱き合っているものがあった。うっ、うらやましい! けど……。


「新規でこれを撮ってもらうのって、厚かましくないかなあ?」

「かのしぃは女の子大好きよ?」

「それはそれで、なんだかこわい」

「へーきへーき! ……まったく。おねえってば、昔から心配性なんだから」

「かのしぃのファンって、熱狂的な男の人が多い気がする。僻まれたくないし、変に絡まれたくないし」


 初日舞台挨拶でも、かのしぃが舞台上に姿を現した瞬間に、男の人の歓声が「うおー!」と上がったのを思い出す。これは偏見かもしれないのだけど、ああいう人たちは「おれのかのしぃに触るな!」って怒鳴ってきちゃいそうだ。


「だ! か! ら! 今回のライブに誘っているのよ!」

「今回は、何か違うの?」

「ふっふっふ。三月三日は、女の子のおまつり!」


 *


 三月三日。ひなまつりにちなんで、みすてぃーずが『女性限定』のライブを企画した。ステージに立つのはみすてぃーずを含む女性アイドルだけ。観客も女性しか入れない。男性は、たとえ完璧に女装してきたとしても受付で追い返されるんだとか。


「えっと……」


 入場料が二千円と、ドリンク代の五百円。二千五百円。カバンから財布を出そうとして、環菜に「いいからいいから」とさえぎられてしまった。環菜が受付の人に五千円札を一枚渡す。あとで返そう。わたしは専門学校に入ってからバイトをしているから、金銭的な余裕がチョットだけあるけど、環菜はまだ高校生だもの。妹におごってもらうには高すぎる。


「お目当てのグループは?」

「へっ?」


 受付の人から問いかけられて戸惑う。ドリンク代を払ったばかりだから、てっきりドリンクの種類を聞かれるものだとばかり思っていた。頭の中が真っ白になる。


「みすてぃーずです!」


 代わりに環菜が答えてくれた。受付の人が手元の紙の正の字を二画足す。ファンの数を数えているのかな。


「人気なんだねえ」

「そりゃそうよ。けれども、チェキは必ず撮れるから」


 なら、よかった。環菜がかのしぃの担当カラーである赤のジャケットを着てきたように、わたしもかのしぃの横に立っても恥ずかしくないよう、買ったばかりの青いワンピースで来ている。最近は白黒コーデが多い。色のある服を選ぶだけで、お出かけ感はぐっと増す。


 青はフォワードの色。

 フォワードはサムライブルーの執事バトラーで“お嬢様”をお守りする立場。

 フォワードのファンとしては、これ以外あり得ない。


 ただし、環菜からは「鈴萄りんどうちゃん推しみたい」と言われてしまった。朝霞あさか鈴萄ちゃんは担当カラーが青のみすてぃーずのメンバー。グラビア担当の、とってもセクシーな女の子。


 鈴萄ちゃんのことも好きだからちょうどいいよね。うんうん。


「ドリンクチケット、二枚ね」

「ありがとうございます!」

「まっ、今じゃなくても」


 わたしが受付の人から渡されたドリンクチケットを、環菜は二枚とも引き抜いて、自分のポシェットに入れた。環菜の言う通り、今じゃなくてもいいか。開演前にがぶがぶ飲んで、トイレに行きたくなったら困るものね。さすが環菜。わたしの妹はしっかり者。


「あと、これ」

「わあ」


 ドリンクチケットをしまって、環菜はサイリウムを二本取り出す。ボタンを押して、色をカチカチと入れ替えてみた。想像よりもまぶしくない。


「曲の途中で振るんだっけ?」

「そうそう。ライブが始まったら暗くなるから、色の順番を覚えるなら今のうちね」

「赤で付けておけばいい?」

「……んまあ、それでもいいわね」

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