異世界キッチンカー ~ハーフエルフの料理人は皇女と旅に出る~
鉄火場好太郎
プロローグ① 震災と炊き出し
カタン……
包丁を置いた音が、まだ薄暗い厨房に響いた。
窓の外には、夜の名残が薄く漂っている。
朝食の仕込みをしていた私は、ふと手を止めた。
今日は孤児院へ料理を届ける日だ。
「……そういえば、あの日もこんな朝だった」
「そっちはもう切り終わったか?」
父の声が厨房に響く。
「うん! あとは煮込むだけ!」
私は鍋をかき混ぜながら答えた。父とこうして並んで仕込みをするのが、何より楽しい時間だった。
ゴゴゴ……ッ!
突然、低く響く地鳴り。
足元が波のように揺れた。
「……!? 揺れてる?」
一瞬の違和感に、私は驚いて父の方を振り返る。
父は一瞬、天井を見上げると、すぐに真剣な表情になった。
「地震だ! リーファ、母さんのところへ行くぞ!」
ガタガタガタッ!
棚の食器が落ち、鍋のスープが跳ねる。
私は驚いて立ち尽くしそうになったが、父が私の腕を引いた。
「ぼーっとするな! 母さんがいる寝室へ!」
私は父と一緒に駆け出し、母の寝室へ向かった。
「お母さん! 揺れてる!」
扉を開けると、母はすでにベッドから起き上がり、驚いた様子でこちらを見た。
「外に逃げるの?」
「いや、違う!」
父が力強く首を振る。
「机の下に入れ! 揺れが収まるまで動くな!」
母の手を引き、私は寝室のテーブルの下に潜り込んだ。
父もすぐにテーブルを押さえ、しっかりと支える。
「大丈夫だ、俺がついてる。揺れが収まるまでじっとしてろ」
外からは、人々の悲鳴がこだました。
「うわあああ!」
「家が……崩れる!」
「誰か、助けてくれ!」
異世界の人々は、揺れた瞬間に外へ飛び出そうとする。
だが、それが最も危険な行為だと、私は父から教えられていた。
「地震のときは、むやみに動くな。安全な場所で揺れが収まるのを待て」
父の言葉を聞き、私は息を潜めた。
——そして、やがて揺れは静まった。
慎重に母を支えながら外へ出た私は、言葉を失った。
「……街が……?」
まるで戦のあとのように、瓦礫の山が広がっていた。
だが、
父が異世界に転生したとき、日本の耐震技術を活かして建てた店。
異世界の建物とは違う構造が、この惨状の中で唯一、建物を守っていた。
しかし、街の人々はそうではなかった。
家を失った者たち、怪我を負った者たち、行き場を失った子供たち——。
私は父をみて、少し涙目になりながら、
「……姉さん、大丈夫かな?」
「大丈夫だ。ガリックも一緒にいる。すぐに戻ってくるさ。」
私は、港町に買い出しに行っている姉を心配しているが、
会話をしつつも冷静に状況を把握した父が、静かに呟いた。
「……飯を作るぞ、まずは温かい飯を用意しよう」
その言葉が、すべての始まりだった。
地震の揺れは収まったが、街は渾沌としている。
両親を失い泣く子供たちや、避難物資のおくれから、いらだち、喧嘩を始める国民
「いいか、リーファ腕千切れるくらい動かせ」
「はい。」
とにかく、暖かい食べ物を全力で父と作った。
私の手は止まることなく、ひたすら鍋をかき混ぜ続けた
「お待たせしました!」
鍋の中でぐつぐつと煮込まれたスープを、手早く器に注ぐ。
並んでいた人々が、一杯ずつ受け取っていく。
「ありがとう……ありがとう……」
震えながらスープを啜る人々の姿を見て、胸が締めつけられた。
私はもっと、もっと温かい料理を作らなきゃ。
そんなとき——。
「そこの子に、一杯あげて」
澄んだ声が、雑踏の中ではっきりと響いた。
私は思わず振り向く。
そこに立っていたのは、金髪の美しい少女——。泣きそうな顔をした幼い子供の手を引いて立っていた。
私と同じくらいの年頃に見えるが、その背筋の伸びた姿勢と凛とした雰囲気は、普通の少女とは明らかに違った。
「……え?」
戸惑う私に、彼女はもう一度、はっきりと告げる。
「この子に、スープをあげて」
その表情は揺るぎなく、そして優しかった。
私は無言で頷き、熱々のスープを器に注ぐと、幼い子供に手渡した。
子供は震える手で器を持ち、泣きながら口をつける。
「……おいしい……」
小さな声が聞こえた。
その瞬間、金髪の少女は微笑み、そっと子供の頭を撫でた。
「よかったね」
私はその様子を見ながら、改めて彼女を見つめた。
周囲の人々も、その少女の姿を見つけてざわめき始める。
「……シルビア様……!」
「姫殿下が、ここに……!?」
「まさか……お忍びで……?」
シルビア?
驚く私をよそに、彼女は動じることなく、堂々と口を開いた。
「ここで騒がないで。負傷者の搬送はどうなっている?」
その声には、揺るぎない指揮官の威厳があった。
「はっ! 運び出しは順調ですが、医薬品が不足しております!」
周囲の兵士らしき男が即座に答える。
「なら、城の備蓄を運ばせて。軍用馬車が足りないなら、民間の荷馬車を徴用しなさい」
「了解しました!」
彼女は人々の間を縫うように歩き、適切な指示を飛ばしていく。
炊き出しの場も目に入ると、鋭い目を向けた。
「食料の確保状況は?」
「すでに数カ所で炊き出しを行っておりますが、温かい食事を取れていない人も多く——」
「なら、ここで作れる限り作りなさい。食べることは生きることよ」
その言葉に、私はハッとした。
私たちは今、まさにそうしている。
父が言った「飯を作るぞ」という言葉と、彼女の「食べることは生きること」という言葉が重なった。
「ねえ、あなたは——」
と、尋ねようとしたとき。
「リーファ」
父が私の名前を呼んだ。
「しっかり飯を作れ。お前の料理が、誰かの命を救うんだ」
私は息を呑んだ。
目の前の少女は、ただの貴族ではなかった。
彼女は、困窮した人々のために、迷いなく手を差し伸べ、冷静に指揮を執る存在だった。
この日、私は初めてシルビア姫に出会った。
そして、その出会いが、私の人生を大きく変えることになるなんて、
この時の私はまだ知らなかった。
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