第47話 体が憶えている

【宮城翔】


 今夜は、母ちゃんが夜勤でいない。

 一人で、母ちゃんが用意してくれた肉じゃがを食べた。

 一人で食べる晩御飯にも慣れてきたな。

 今日からトレーニングを再開することにした。家の中で柔軟体操と筋トレをした。


 そして、軽くジョギングをしながら土手に向かった。

 土手沿いの道をジョギングしていたら、川沿いのグラウンドで大菊中学校の体操服を着て走っている一人の女子が見えた。

 具志堅さんだった。走る練習をしているのか?

 「具志堅さん、走る練習?」

 

 「あ、宮城君。そうです。走る練習です。私、元々運動苦手なんです。体力付けたいんです。」

 

 「おばぁが憑依すると、体力が削られるみたいだね」

 

 「それもあります。でも、速く走りたいんです。それに筋力も付けたくて。体力と筋力があると憑依されている時の体への負荷も軽くなると思うんです。私、みんなと運動会勝ちたいんです」

 

 「そうか、まずは体力をつける必要があるよね。ジョギングはした?いきなりダッシュするより少し走った方がいいよ」

 

 俺は、具志堅さんと一緒に河川敷を1kmぐらい軽くジョギングをした。具志堅さんはすでに息が上がっていた。

 休憩をして落ち着いたころ、

 「じゃ、具志堅さん、向こうの橋の下まで走ってみて」

 

 「分かりました」

 

 「ちょっと待ってね。スマホで録画するから。合図したら走ってね」

 

 俺が、合図をすると具志堅さんは、走り始めた。走るときに力強く踏み込んでいるのはいいのだけど、その時の腕の振りが小さい。特に、体に力が入りすぎている。

 

 「具志堅さん、走るときは必ず腕を振ること。肘を曲げてね。そうしないと足が動かないから」

 「そうだな…自転車ってベタルを漕がないと動かないでしょ。あれと同じ。前のめりになりすぎないこと。バランスが悪いからね。後、もう少し力は抜いたほうがいいよ」

 

 「そうですよね。麦ちゃんが、憑依しているときは、もっと、力が抜けていた気がします。ただ、地面は強く蹴っていたような気がします」


 「具志堅さん、もしかしておばぁが憑依しているときのこと憶えているの」

 

 「はい。何があったのか、よく覚えています」

 試してみたいことが一つあった。

 

 「具志堅さん、体におばぁが憑依していると思って走ってみて」

 

 「麦ちゃんが憑依していると思ってですか」

 

 「うん」

 

 「分かりました」

 具志堅さんが走り始めた。

 

 やっぱりそうだ。綺麗なフォームで走っていた。特に、腕の振りと地面を蹴り上げる時の力強さのバランスが良かった。

 

 走り終わると、具志堅さんが嬉しそうに近づいて来た。

 「今のはどうでしたか?」

 

 「とっても良かったよ。とても綺麗なフォームだったよ。動画見てみる?」

 

 「はい」

 

 「速いし、綺麗なフォームでしょ」

 

 「私じゃないみたいです。私は、運動は良く分からないけど、私でも、綺麗なフォームだとわかります」

 

 「具志堅さんの体が、早く走るフォームを憶えているんだよ。だから、俺が教える必要はなかったんだ。きっと、憑依されることによって、体がそのときのことを憶えるんだ。頭で理解するんじゃないと思う」


 「そうなんですか」

 

 「だから、その体の動きに耐えられるだけの体力と筋力が、必要なんだと思う」

 

 「だから、麦ちゃんは、『体力と筋力をつけなさい』と言ったんですね。」

 

 「そうだと思うよ。おばぁのことだから、直観で言っただけだと思うけどね」

 

 「すると、必要なのは、ジョギングや筋トレだね」

 「後、食べ物もたんぱく質が多いものを取ってね。鶏むね肉やささみ、鮭、ツナ、チーズ、ヨーグルトとかだね。こういった食べ物をバランスを良く取ろうね」

 

 俺は、小学生の頃の時を、思い出した。

 小学生の頃、いたずらをして逃げ出すとおばぁに追いかけられた。おばぁはすぐに捕まえずに、いつも後ろから、人差し指でつついて、

 「速く走らないと、捕まえるよぉ」

 と、ニヤつきながら、俺が疲れ切って逃げるのをやめるまで追いかけてきた。


 俺はおばぁより速くなりたくて、近くの陸上クラブに入部した。入部したときにコーチから、

 「翔は、すでに速いけど、何よりも体力がすごいから、すぐにもっと速くなるよ。」

 と、言われたことを思い出して、思わず笑ってしまった。

 

 具志堅さんが、不思議そうに尋ねてきた。 

 「どうかしたんですか。」

 

 俺は、今思い出したことを、具志堅さんに話した。

 

 「麦ちゃんらしいです」

 具志堅さんも笑った。

 

 そうだよね。何も言わないで、笑いながらただ追いかけるだけなのがおばぁらしいよな。

 

 「こんなこと話してる場合じゃないよね。筋トレしようか。まずは、スクワットからだね。ただ、少しでも痛くなったら必ず言ってね。無理は禁物だよ」

 「肩幅と同じくらいに足を広げて、ひざは、足の指から前には出ないようにして曲げてね。俺のやり方を見るといいよ」

 

 二人で、筋トレをしていると、部活が終わったのか、1組の女子が土手沿いの道を歩いているのが見えた。

 

 具志堅さんが、

 「宗方さん、小西さん」

 と声を掛けた。

 

 「具志堅さん、宮城君」

 と言いながら、二人は川沿いのグラウンドに降りてきた。

 

 「走る練習?」

 小西さんが聞いてきた。

 

 「そうなの。宮城君、教えるのうまいんだよ」

 

 「そうでもないけど。具志堅さん、ありがとう」

 みんなで話していると、部活が終わったころなのか、大菊中学校の生徒たちがぞろぞろと土手の道を歩いてきた。

 1組のみんなが、俺たちに気が付くと、グラウンドに集まってきた。

 

 「みんなで走る練習?」

 井沢さんが聞いてきた。

 

 小西さんが、

 「具志堅さんと宮城君が、たまたまこのグランドで会って、一緒に練習をしていたみたい」

 そのときだ、急にスマホが鳴った。コネクトに佐川からメッセージが届いていた。

 

 みんなで、メッセージを確認した。

 宗方さんが、

 「なにこれひどくない!」

 「このルール改訂って、あたしたちに不利すぎない!」

 そこにいたみんなは、呆れたというより怒っていた。

 

 俺は、

 「大丈夫、出来るよ。俺たちなら勝てる」

 

 具志堅さんが、続けて、

 「面白くなってきたよね。みんな、宮城君」

 と言った。

 今の具志堅さんだよね。具志堅さんのおばぁ化が進んでいる?

 

 俺も、今のままではいけないと思った。クラスのみんなと優勝したかった。そのために必要なことは、すべてやってやる。

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