第3話 おばぁが憑依した女の子

 学校に行く途中で、あの工藤たち3人組を見た。


 工藤たちは、俺を睨んでいたが、どうすることもできないようだった。

 なぜって、3人とも、左足を引きずっていて、俺が走って逃げたら絶対に追いつくことができないからだ。

 それどころか、今のあいつらの状態なら、胸を押すだけで倒れるだろう。

 

 久しぶりに、ゆっくりと教室に入った。

 教壇の下に置かれている名簿を開いた。

 昨日までの俺なら、このクラスの生徒に興味を持つことが考えられなかったけど。

 

 クラスの名簿を開いた。

(浅生、石田・・・ん、具志堅ぐしけん ?これって、沖縄の名字じゃないか?あ、沙苗だ。)

 

 俺は、教卓の前に座っている女子に

 「具志堅さんて、どこの席?」

 と聞いた。

 

 その女子は、俺の顔を見ながら驚いていた。

 まさか、俺から何か尋ねてくるとは、思わなかったのだろう。

 (ま、確かに、俺、暗いからな。ここでは。)

 

 その女子は、

 「今日来ているならね。中2になってから良く休むんだよね、具志堅さん。来ているんだったら、窓側の前から2番目の席だよ。」

 と答えた。


 その席には、長い黒い髪の子が座っていた。

 ただ、どうみても活発そうには見えなかった。

 昨日見たときは、艶のある黒髪だったが、今見ると手入れの行き届いていない髪だった。どうみても、工藤たちを倒したようには、見えない。


 「具志堅さん?」

 俺は、声を掛けてみた。

 「はい。」

 顔を上げて、俺を見た。

 

 確かに、こいつだ。

 見た目はかなり違うけど。

 まず、昨日のように俊敏そうには見えない。どちらかというとスポーツが苦手な女子に感じた。

 

 また、かなり疲れている様子だった。

 何か今しがたまで、

 泣いていたような目をしていた。

 どういえばいいのだろう。

 俺は、困ってしまった。


 しばらくお互いの目を見ていると、具志堅さんが、口を開いた。

 

 「麦ちゃんが、助けてくれるって言っていました。」

 

 具志堅さんは、懇願するような目で、俺に話してきた。 


 「どうして、俺のおばぁの名前、知っているの?」

 俺が聞こうとすると担任が入ってきて、ホームルームが始まった。


 俺は、席に着くと、机の上に張られている俺へのいじめの言葉書かれている紙を、ゆっくりと剥がしていった。

 いつもは、ビリビリと急いて剥がすのだが、今日は、この張り紙を二度と見ることがないだろうと思い、丁寧に剥がしていった。


 視線を感じ、後ろを見ると、工藤が俺を見ていた。

 その目は、俺をギュッと睨んではいたが、俺には、手出しはできないという敗北者の目だった。

 

 俺は、授業中も具志堅さんを見ていた。

 なぜ、彼女におばぁが憑依したのだろうか。

 何か、おばぁに助けを求めている。

 

 そもそも憑依って、なんだ。

「憑依」という言葉自体は、聞いたことがあるけど。

 

 授業中の具志堅さんを見ていた。

 具志堅さんは、まじめな子のようだ。

 授業中は、熱心にノートを取っていた。

 

 分かったのは、物事をかなり丁寧にするタイプらしい。

 英語の授業で、先生にあてられて、英文を読んだ時には、一単語一単語を、丁寧に発音をしていた。

 単語の発音は、悪くないのだが、聞いていると、何かたどたどしい英語になっていた。

 印象としては、少し鈍い感じになるのだろう。

 

 放課後に、具志堅さんから呼び止められた。

 「宮城君、是非、コネクトIDを交換してください。」

 「いいよ。でもどうして、おばぁの名前を知っているの?」

 「詳しくは、コネクトでお話しします。」

 

 午後7時ごろに、具志堅さんからコネクトでメッセージが来た。

 コネクトでやり取りして分かったことは、

 今年の3月に具志堅さんの家族は、マンションから一軒家に、引っ越した。

 引っ越し前のマンションも現在の家も同じ中学の学区内なので、彼女も最初は喜でいた。

 

 ところが、一週間たったころから、彼女は夢をよく見るようになった。

 それは、同じ火事の夢だった。

 

 またそのころから、母親の貴子の体の調子が、悪くなってきていた。

 常に微熱があって、会社にも出社できないようになっていた。

 引っ越して、3月末には、ベッドに寝たきりになった。

 熱は、常に38度前後あり、病院にもらった薬を飲んでも、入院しても、一向に病状は改善しない。

 

 医者に言わせると長年の疲れが溜まっているということだった。

 最初は、ゆっくり、休養を一週間ほどとれば、良くなるということだった。

 しかし、3週間を過ぎたのによくならない。それどころか、まだ4月上旬だというのに、母親が「暑い、暑い」と言うので、具志堅さんは、母親が寝ている部屋のエアコンを20度にセットをして、冷やしていた。


 母親の看病は、いつも具志堅さんが行っていた。

 具志堅さんには、高校1年生になる姉の真苗さんがいるのだが、具志堅さんと違って活発な姉は、弓道部に入部をして高校生活を満喫していた。

 

 姉も母の看病を手伝うと言っているのだが、具志堅さんとしては、活発な姉には、まずは高校生活を楽しんでもらいたかった。

 部活に入部していない自分が、母の看病をすればよいと思っていた。

 

 確信はないのだが、母を救えるのは自分しかいないと思っているらしい。

 俺は、「なぜ自分しかいない」と思っているか不思議に感じたが、敢えて聞かなかった。

 

 その時、おばぁから電話が来た。

 具志堅さんにコネクトで、

「おばぁから電話が来たから、また連絡する。」

 と伝えた。


 おばぁから、 

「翔、JNA514便 10時25分 羽田着だよ。わかったね。迎えに来てね。沙苗ちゃんと。」

 「わかったよ。迎えにいくよ。具志堅さんと」

 「またね。ちゃんと迎えに来てよ。」

 と伝えると、電話が切れた。

 

 相変わらず、電話、短いな。

 俺は。思わず笑ってしまった。


 具志堅さんに、今週の土曜日に、大菊駅に8時に待ち合わせをして、そのあと2人でおばぁを迎えるために、羽田空港に行きたいけど、都合はどうかを尋ねた。


 具志堅さんからは、

「大丈夫です。」

 と返事がきた。

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