【KAC20253】ドアを開けるとそこには――。

宇部 松清

クローバー夫妻の初夜導入

 僕とエリザが夫婦になって、初めての夜である。


 夫婦の寝室のドアに手をかけて、僕は大きく深呼吸をした。

 この扉の向こうに、エリザがいる。彼女は先に湯あみを済ませて僕が来るのを待ってくれているのだ。


 重ねて言うが、初夜である。

 僕は父からこのクローバー領を託された領主だ。いずれはこの広大なスート領全域を任され、正式に伯爵位を継ぐ。世継ぎも期待されている。僕だって早く、愛するエリザとの子どもが欲しい。けれども、焦ることはない。何せ僕らはまだ若いのだ。しばらくは二人だけの新婚生活も悪くない。


 しかし、そういえば、エリザの意見を聞いていない。しまった、僕としたことが。

 子どもが欲しいとは聞いたが、一人が良いのか二人が良いのか、それとも三人、四人……。僕は正直、何人だって構わない。何なら多ければ多いほど良いと思っている。けれど、産むのは彼女なのだ。妊娠出産は、どうしたって彼女の身体の負担になる。無理強いはしたくない。


 となると、初夜は初夜だが、今日のところは抑えた方が良いのか?


 考えろ、アレクサンドル。愛するエリザのためにどう動くのが最善なのかを。


 よし、まずは話し合いだ。

 今後のことを膝を突き合わせてじっくりと話し合うのだ。夫婦になったとはいえ、少々気恥ずかしい話題ではある。それなら何か軽食でも用意した方が良いだろう。穏やかな気持ちで話が出来るように。


「ルーベルト」


 潜めた声でその名を呼ぶ。


「ここに」


 いるのである。

 どんな時でも、どんなに細やかな声でも聞き取って駆けつける、僕の忠実なる執事長が。音もなく、スッと隣に立っているのである。気配を消せとまでは命じていない。

 

「いかがなされました、坊ちゃま」

「あとで軽食を持ってきてもらえるだろうか」

「軽食を? 一旦休憩を挟むおつもりで?」

「一旦休憩? いや、まぁそういうものでもあった方が(話も)弾むかと」

「ふむ……。まぁ坊ちゃまには坊ちゃまのお考えがあるかと思いますが。ベッドの上での飲食はケイシーメイド長に叱られますぞ」

「ベッドの上で? いや、テーブルの上でするつもりだが」

「て、てててテーブルの上で?!」

「どうしたルーベルト。普通はそうじゃないのか?」

「ふ、普通は、ッハァ――、どうでございましょうか! い、いえ、このルーベルト、決して否定は致しませぬ! 人には人の趣味嗜好がございますゆえ!」


 何やら興奮気味のルーベルトである。一体どうしたというんだ。普通は飲食はテーブルの上でするものでは? まぁ、病に臥せっている時はベッドの上でも食べたりはするが。僕はこのとおりピンピンしているわけだし。


「しかし、わたくしめが入室してもよろしいので? もちろんノックは致しますが」

「構わない。僕としては君に加わってもらっても良いと思っているが」

「ファッ?!」

「冷静な第三者の――」

「ファッ!? フファ――――ッ! さ、さすがにそれはいかがなものかと! それはさすがにお二人だけの秘め事になさった方が!」

「そうかもしれないな。うん、確かにそうだ。僕が良くてもエリザが恥ずかしがるかもしれないし。では、軽食を運ぶだけで」

「かしこまりました。では後ほどサンドイッチと紅茶をお持ちいたします」

「頼む」

 

 音もなく現れたルーベルトは、今度は逆に慌ただしく、フスフスと鼻息荒く去っていった。


 さて、これで準備は完璧だ。


 ノックをし、「僕だ」と声をかけると「どうぞ」と返って来た。この世で一番美しい声だ。


 許可を得たので、扉を開けた。ふわりと彼女が愛用しているボディーソープの香りがする。その甘い香りにくらりと眩暈がした。


 が、それ以上に――。


「〇※△★□◎♨!!!!!」


 妖精だ。

 妖精がいる。

 

「アレク? どうしたの?」

「え、エリザ、その恰好は……?」


 彼女の白い肌に映える、ローズピンクのネグリジェである。袖はレース素材、マーメイドデザインのスカート部は、膝から下に透ける素材の三段フリルがあしらわれていて、彼女の華奢な足首が見えている。初めて見るやつだ。


「リエッタが選んでくれたの。やっぱりその、なんていうか、初めての夜ですもの、私だってこれくらい」


 リエッタ……っ!

 よくやったと言いたいところだが、いまは目の毒すぎる!


「変かしら。似合ってない?」


 そう言って、くるりとその場で回って見せる。


「リエッタは褒めてくれたんだけど」


 その言葉が、暗に「あなたは褒めてくれないの?」と言っている気がして、「そんなことはない!」と気持ち強めの声が出る。急いで彼女との距離を詰め、その身体を抱き締める。薄手の生地越しに伝わって来る彼女の身体は少し冷えていた。部屋は十分に暖めていたはずだが、この恰好では冷えるのも無理はない。


 自分が羽織っていたガウンを彼女に掛けてやると、エリザは少し表情を曇らせた。小さな声で、「やっぱり淑女がこんな格好をするなんてはしたなかったわよね」と肩を落とす。

 

「違うんだ、エリザ」

「見苦しかったのでしょう? それとも、この色は嫌い? アレクはやっぱりグリーンの方が良かった?」

「見苦しいなんて。逆だ、エリザ。あまりの美しさに言葉が出なかった」

 

 グリーンはわがクローバー領の色ではあるが、決してそれを君に強制するつもりはない。


「本当?」

「本当だ。まるで、幼い頃に読んだ絵本の中の妖精かと」

「そんな、妖精だなんて……」


 恥ずかしそうに身を捩る彼女が艶めかしい。ましてや、その愛らしい妖精はいまも僕の腕の中にいるのだ。


 落ち着け、アレクサンドル。

 今日は話し合いに留める予定だろう。

 まだエリザの意向を確かめていない。

 

 が。


「アレク……」


 まずい。

 これはまずい。

 

「エリザ、その」

「どうしたの、アレク。ベッドに行かないの?」

「いや、その、それはもちろん。ただ……」


 君は何人欲しい?

 二人以上儲けるとしたら、間隔はどれくらい空ける?

 せめてそれだけでも確認しておきたい!


「エリザ、前にも言ったが、僕は家族は多ければ多いほど良いと思っている」

「そうね。賑やかで良いと思うわ」

「君も同じ考えということで、良いのだろうか」

「ええ。ただもちろん子どもは授かりものですもの、そううまくいくかはわかりませんけど」

「確かにそうだな」

「だけど、出来ることなら、たくさん……、そうね、少なくとも三人は欲しいかしら」


 三人!

 少なくとも三人!

 良いのかエリザ!


「わかった。君の気持ち、しかと受け取った」


 しからば参らん。


 彼女の肩を抱き、ベッドに向かって歩き始めたところで、ノックの音がした。


「坊ちゃま、軽食をお持ちしましたが」

「軽食? アレク?」


 軽食が必要なの? 一旦休憩を挟むってこと? 休憩を挟むくらいするってこと? さすがに初夜でそれはどうかしら? とエリザが混乱する。


「落ち着いてくれ、エリザ。これについては僕もちょっと判断を誤ったというか」

「坊ちゃま? 入っても?」

「済まない、ルーベルト、予定変更だ。それは誰か他の者に」

「えぇっ?! か、かしこまりました」

「本当に済まない」


 ワゴンの音が遠ざかったのを確認して、改めて彼女と向き合う。

 頬を赤らめ、潤んだ瞳で見つめられれば、さすがの僕とて限界である。


「では、エリザ」


 そう声をかけると、腕の中の愛らしい妖精は小さく頷いて、僕に身を預けて来た。

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【KAC20253】ドアを開けるとそこには――。 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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