第3話 歪み始めた日々
パサパサとした味気ない栄養バーをかじりながら、送られてきたメールに返信し、添付されてきた仕事を処理する。
会社での平日お昼過ぎ。
デスクの上は、自分の部屋のように汚い。
それでも横に並べられた三人分のデスクを、私一人で占領しているだけあって、まだ若干の隙間はある。
「もー、全然終わんないし。ホントに人員増やしてよ」
そう嘆いたところで、私の言葉に反応する人などここにはいない。
会社への何度目かの人員要求も、もれなくスルーされてしまった。
あまり重要ではない中継ぎ部署。
しかももし私が倒れてしまったとしても、その時考えればいいのだろうという上の考えが開け透けて見える。
「はぁ」
パソコンを打ち込む手を止め、私はブラインドの隙間越しに外を見た。
薄日が柔らかく、部屋の中に差し込んでいる。
目の前がボーっとする。
寝不足かな。
昨日、ちゃんと寝たはずなのに。
あー、疲れたなぁ。
もう本当にヤダ。
母の言うように、もう諦めて帰った方がいいのかな。
そう思ううちに、私の体はふわりと浮いたような感覚を覚えた。
そしてカクンと体が前に傾く感じで、再び目を開ける。
「ん? うえ⁉」
先ほどまで見ていた昼下がりの景色は、夜景へと一瞬で変わっていた。
「ヤダ、嘘でしょう? 私、寝落ちしていたの?」
慌てて立ち上がり、窓に近づく。
外はいつも帰宅するような時間と変わらない景色が広がっている。
たくさんのネオンに、人通りも車もやや少なくなった道路。
向かいのオフィスの電気も、半分以上が消えていた。
嘘。
寝落ちするにしたって、何時間寝てたのよ。
自分の席に戻り、スマホで時間を確認すると確かに終電ギリギリの時間。
あれから私は七時間以上、眠っていたことになる。
「やだやだやだやだ、終電間に合わなくなる!」
私は仕事もそのままに、鞄をひったくるように肩からかけると、会社を出た。
そして急いで電車に飛び乗り、家の近くにあるコンビニに寄る。
寝すぎたせいかお腹は空いていないが、家に帰っても何もない。
もし、ということはあるもんね。
私は適当にお菓子や栄養バーを手に取り、最後に小さなお弁当を持ってレジへ。
店員さんは、いつもとは違う人だった。
「温めますか?」
「あ、はい」
「レジ袋どうされます?」
「あ、お願い……します」
いつもの店員さんは毎日ほぼ同じ時間に来る私に慣れてしまったせいか、こんな他愛のない会話すらない。
言わなくてもお弁当を温めてくれて、言わなくてもレジ袋を付けてくれた。
だからこそ、会話というものはほぼなかった。
それが今日は、新人さんなのだろうか。
マニュアル通りに、私に接客してくれている。
いつもの人がダメなわけじゃないけど、私はこんな些細な他人とのやりとりにすら飢えていた。
あー、何日ぶりにマトモに人と会話したかな。
会話っていっても、向こうは仕事上のことなんだろうけど。
今の私には、こんな会話すらどこか心が落ち着いていく。
「ありがとうございました」
「……ありがとぅ」
そう言って、レジ袋に入った商品たちを受け取った。
今の私、挙動不審じゃなかったよね。
大丈夫だよね。
会話が久しぶり過ぎて、ちょっとテンションおかしかったかも。
そんな反省をしつつ、私は足早にマンションへ入った。
そして玄関の鍵を開け、ドアを開く。
「こんばんワ」
またいつものタイミングで、お隣さんの声がする。
「こんばんわ」
私もただ同じように挨拶を返した。
バタン
鉄製の玄関を閉める音。
「あれ?」
私は自分の玄関を閉め、鍵をした瞬間、ふとあることに気付き顔を上げた。
今、玄関が閉まる音って一つしかしなくなかった?
しかもお隣さんの声も、なんだかいつもと違っていた気がする。
言いようのない何かが、胸をざわりとさせる。
だけどそれがナニか、というような形容は出来ない。
そう、ほんの少しの違和感。
「気のせいだよね……」
そう言いながら、私は『ははは』と無理やり笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます