第3話 月曜。七城尾花という少女 その2


 昼休憩となった。

 授業中も、皆の視線と意識は板書をそっちのけで、七城尾花のものだった。


 七城尾花は、前の方の席が、あらかじめ決められていた。さすがに、ゲームでよくある展開のように、再び隣の席になる、などという甘いことはなかった。

 その席は、「ある事情」で空席になったままの場所だった。この席の主も、奇しくも長期にわたる休学常態にあったが、ついぞこの席に戻ってくることはなかった。

 「視力が若干怪しくなった」という理由で、七城尾花は心底有難そうだった。治療の間、暇を持て余しゲームでもやり過ぎたのだろうか。眼鏡をした姿を、少しだけ想像してみた。


 七城尾花を一目見ようと、クラス中から生徒が集まり、廊下は混雑を極めている。購買組が昼食を買いに行くいい迷惑だ。

 三国志演義の孔明の十万本の矢のエピソードもかくやという勢いで、七城尾花へと注がれる、好奇の視線。そんな中、いつものように彰人と船尾は、前後の席同士で、七城尾花のことなどについて駄弁りながら弁当をつついていた。

 その二人の元に、なんと、件の七城尾花本人が、椅子をもって近寄ってきた。本当に当たり前のように。


「お邪魔していいかな? お二人とも。久しぶりに、お話しない?」


 他に彼女と会話したいであろう生徒は山ほどいるだろうに、一体何を思ってのことなのか。断ろうにも断れず(というか、断る理由がない)、二人は七城尾花を受け入れたのだった。


「いやー、教室でお弁当! 女子高生やってるなあって気分になれるよ」


 これぞ食い盛りの男子高生という船尾と同じくらいの大きさの弁当箱を抱え、色気より食い気と言わんばかりに、その中身の茶色いおかず群に舌鼓を打つ七城尾花。

 長期の病気療養とは一体何だったのかという健啖っぷりに、二人はギャラリーと一緒に舌を巻く。


「す、すげー食うね七城ちゃん……」

「そりゃあ仕方ないでしょう。お腹が空くんですから。腹が減ってはなんとやら」


 精霊の化身と見紛うかのような神秘的な外見の美少女は、まっこと、美味しそうに白米と茶色いおかず群を、味わいながらパクパクと上品に可愛らしく、時には「おいし~」と目を細め、平らげていく。


「あの、七城さん。色々訊きたいことあるけど……とりあえず、二つだけ訊いていいかな」


 おずおずと、小さく手を挙げる彰人。


「え? あにー? えっひなやふや、へんひひふなやふへなへれふぁ(え? 何ー? エッチなやつや、センシティブなやつでなければ)」

「あ、呑んでからで」


 それを合図にするかのように、周囲の連中が、「アッ俺も」「あたしも聞きたかった」などと口々に、集まってくる。どいつもこいつも、以前の状態の七城尾花の事を本当に知っているのかと問いたくなる生徒ばかりだ。


「あの、答えづらいなら話さなくていいんだけど。俺の知ってる七城さんは、黒髪で、瞳は黒くて……。肌も確かに白くはあったけど、ここまでは白くは……」

「わかる。そりゃ気になるよね。皆まで言うな」


 箸をおき、ビシっと手を前に突き出す七城尾花。一応、言いたいことはほとんど皆まで言ったのだが。


「あたしも、どうしてこうなったんだろうって、神様に訊きたいくらいなんだよ。でも、この三ヶ月間でこんな姿になっちゃった。この髪だって、別に脱色したわけじゃないし、肌に関しても、某鈴木ナントカ子さんに憧れてとかじゃないし。瞳もなんか、充血したみたいに赤黒くなっちゃったし」


 赤いタコさんウインナーを見つめながら言う。いまの時代の高校生たちに某鈴木ナントカ子は果たして通じるのだろうか。


「な、何もしてないのにそうなっちゃったの?」

「てっきりあたし、あんまりにも辛い思いをして、ストレスで白髪になったのかと……」


 すると七城尾花は、小さく手を左右に振った。


「むっ。違います違います。これは若白髪ではありませんよ。それに、まかり間違っても、アニメとかゲームキャラに憧れて、脱色したわけでもありません! これ、先生方にもちゃんと周知させていただいております!!」

 

 七城尾花は右手をビシリと挙げた。


 アルビノ、という言葉を彰人は思い出す。

 先天的に、色素であるメラニンを作り出すことが難しく、肌も髪も白くなってしまう症状を持った動物、あるいは人間のことだ。写真を見たことがあるが、非常に浮世離れした、神秘的な見た目をしていた。まさに、今の七城尾花の外見がそれだ。

 どこかの国では、この神秘性に宗教的・迷信的な意味を見出して、アルビノの人間を殺害。死体をバラバラにした後、パーツというパーツを呪術の道具にしたり、闇マーケットで取引したりするというのだ。こんなおぞましい事が、現代でも平気で起こっているのだという。恐ろしい話である。最初知ったときは、この時代に、何かの冗談かと思ったくらいだ。

 だがアルビノは、あくまで先天的なもの。そして尾花は、何度も言うように、長い黒髪の持ち主だった。後天的にこういったことが、果たして起こりうるのだろうか。

 本人は断固として否定してはいるが、やはり脱色以外の可能性が見えてこない。


「ともかく。こんな見た目で、ちょっとビックリするかもだけど、あたしはJKと青春アオハルをマンキツしたいがために、この度、装いも新たに、学園に帰って参りました! 明るくポジティブに前向きにをモットーに、皆さま今後ともよろしくお願いします!」


 ぺこり。と一礼。そして沸き起こる、おおーという声と拍手。その奇麗な白い髪に、弁当箱のご飯粒がつきそうになっている。不用心な。

 そして、周囲を見渡せばやはりいる、芳しくない目と表情でヒソヒソと耳打ちをする女子たち。

 学園生活を満喫するために言動も性格もポジティブに振り切った、というのに噓偽りは無いのだろう。だが、元の彼女の性格を知らない者たちには、やはり、ちやほやされるために「作っている」と思われるのも仕方がない。同性に敵を作りやすいタイプの女の子になるかもしれない。


「そんでー? 千鶴くん。ふたつめの質問ってのは?」


 そんな周囲の視線を気にもせずに、七城尾花は白米を、味わいながら咀嚼する。

 二つ目の質問。これほどまでに人数が集まってしまっては、訊き難い質問になってしまった。なので、極力周囲に聞こえないよう、小声で伝える。


「なんていうか……なんで、俺と船尾のところに来たの……っていうか」

「あれっ? それ聞いちゃうかあ。んー……」


 きょとん、とした顔で箸を止め、弁当箱を「ちょっと失敬」と、彰人の机に置く七城尾花。


「だってあたし、このクラスでちゃんとした会話をしたのって、千鶴くんだけだし。あと、船尾くんと。それだけじゃ理由として薄いかな?」


 周囲がどよめく。


「あの時のあたし、暗かったもんねえ」

「今のキミと比べたら、大抵の子は暗い子扱いになると思うけど……」


 無粋なツッコミに、「んもう。話進まないよ」と頬を膨らませる七城尾花。すんません。と彰人は小声で謝罪する。


「そんな中で、一番お話ししやすいかなって思ったのが、千鶴くんだった。偶然隣の席だったし、これまた偶然同じキャラを推してたからねえ。勝手に同志っていうか、お友達ってつもりでいたの。……結構お話しできてたよね、あたしたち」

「まあ、確かに、それなりには。というか、四月の段階では、俺もクラスで一番話せてたまであるかも……。船尾コイツを除いてだけど」

「あの段階ではランキング二位だったか~」

「あ、俺のことは彰人コイツが言った通り、除外で結構なんで」


 ニヤニヤと笑いながら手を挙げる船尾。


「ってことは一位か! パワーアップ前でも結構やれてたんだねえ」


 親指と人差し指の間に顎をあてがい、随分とうれしそうに笑う。

 彰人は自分の鞄についている、少し汚れが付いたラバーホルダーを見遣り、今は半分引退状態にある例のゲームに対して、少し申し訳なく思った。

 これがなければ、会話が生まれることすらなかったかもしれない。きっかけというのは、本当に些細なところに転がっているものだ。たまにはログインだけではなく、ガッツリ遊んでもみようか。


 そして気づけば、男子達からの視線が痛い。

 そんなキモい陰キャみたいなきっかけで、こんな美少女と関係を作ったのかとでも言いたいのだろう。やめろやめろ。趣味の一つや二つ、何が悪い。


「あ……それと、もう一つ。千鶴くんに近づいた理由があるんだ。こんな事、今の時点では千鶴くんにしか頼めないなあと思って。……ダメ元だけど。千鶴くん、あたしね……その」


 千鶴くん、千鶴くん、千鶴くん。三回も名前(名字だが)を呼んだ。それも、すがる様な瞳で、少し顔を逸らしながら。真っ白な顔の頬を、ほんのり赤らめて。

 ごくり、と喉が鳴る。周囲がざわつき始める。

 どういうことだ、そんな関係を結んだ記憶はこっちにはないぞ。いったい何が始まるというのだ。彰人の心臓が高鳴る。誰もが、次の一声を待った。


「休んでた間のノート……貸してくれないかな。無理なら無理で構わないから……!」


 切実そうに深々と頭を下げながら合掌し、小声で懇願してきた。

 どわぁ~っと、その場に居合わせた者ことごとくが脱力する。

 依頼された彰人もその一人だった。だが、目の前で繰り広げられていた惨劇を目にした彰人は「あ、米……」と、思わず口に出さざるを得なかった。

 そして次の瞬間、七城尾花の悲鳴が辺りに響き渡った。


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