第4話 月曜。七城尾花という少女 その3




 放課後となった。

 本日は、バイトのシフトが入っている。

 色々と事情があり、学校に許可を得たうえでの就業バイトだ。

 時間にはまだ余裕はあるが、ゆっくりと余裕をもって、早めに出社するのが、彰人の主義である。

 つと背後から、「おーい千鶴!」と彰人を呼ぶ女子生徒の声が駆けてくる。


「何だよ、あのアニメやゲームみたいな見た目のおもしれー女。またスゲーのがこのガッコに眠ってたもんだな。おい千鶴アンタ、あんなのと陰でデキてたのかよ。まったく隅に置けねーな」


 浜倉鈴奈はまくら すずなの不意の肘打ちを脇腹に受け、彰人は「うっ」とうめく。

 文字に書き出せば男のものかと見紛う粗野な口調と、174㎝の彰人と比べてもそんなに変わらない長身。それでいて、ポニーテールやサイドテールが似合う美貌の持ち主である(ちなみに、本日はサイドテール)。髪の色は明るく、軽くパーマがかかっていて、校則違反を指摘されても文句の言えない色。スカートは短く改造し、ピアスも付け、ネイルもラメの入ったものをキメていて、当然メイクも怠らない。

 世にいう、ギャルというやつだ。地方の小都市に生息しているのが不自然なくらいに、本格的なギャルである。

 この通り口は悪いが、乱暴というわけではないので、男女ともに人気があり、友人や隠れファンも多いという。それだけでなく、この見た目に反して、勉学に関してはゲームのスコア感覚で、常にトップ争いを繰り広げるという意外な一面も持っており、いろいろと規格外な人物である。


「きみの中では、俺が女の子と親しげに喋ってたらデキてる扱いになるのかい? じゃあきみと俺は今デキてることになるの?」

「あれ、そういうんじゃねーの? だいぶ親しそうに見えたけどな。それに、アンタとなら、そういう関係になるのも考えてやらなくもねーけど?」


 と、腕を絡ませながら顔を近づけてくる鈴奈。はいはい。と、どこまで本気かわからない戯言を一蹴する彰人。


「今だけ今だけ。周りと比べて相対的に、でしかないよ。あんなに明るく、キレイになったんだ。どうせ一週間もすれば、クラスのみんなと、あんなふうになってる。すごく社交性も高くなったみたいだし」


 鈴奈というこのギャルとは、クラスは違うが、同じ部活動の腐れ縁である(ついでに船尾も、同じ部に所属している)。どうやら、昼休憩のやりとりを見られていたようだ。廊下の群衆に混ざって、顎に手を当て、ニヤニヤしながら彰人と七城尾花のやり取りを眺めている風景が思い浮かぶ。


「知ってるかどうかは知らないけど―—あの子、四月に転入してきてさ、数日間だけクラスにいた後、今までずっと病気で休んでたんだよ。

 あの時は、全然目立つような子じゃなかったし、当然、見た目もあんな風じゃなかった。四月の時点で彼女の顔と名前を認識していたの、俺と船尾以外に何人いたんだろうっていう、そういうレベル」

「すげーな、同じ人物の説明をしているとは到底思えねー。ってことは、見た目はひとまず置いといて、あの性格キャラは、作ってんのか。だとすれば、だいぶあざといな……」

「いや、作ってるのとはなんか違う。確かに、ほんの少し無理している感は……ある」


 うーむ、と口元に手を当てながら、眉をハの字にして、四月の記憶をしぼりだす。「ほーう」と興味深そうに反応する鈴奈。


「同一人物が、見た目も性格も超絶進化したというか……。髪の色とかは本当にビビったけど、あれ、地毛らしい。

 あの子、もともと黒髪だったから、実はまだ信じきれてないところもあるけど……授業しに来た先生たちも誰も咎めてはなかったし、恐らく嘘じゃないんだろう」


「まあ、脱色して染めたなら、生え際で一発でボロが出るだろーしな。そんな絶対にバレる嘘、ついても何の得もねーわ」


「——だよな。

 顔の造りなんかは、よく見れば変わってないし、声も口調も性格も、根っこの部分はそんなに変わってない。

 何ていうか……性格はそのままに、恐ろしく明るく、ポジティブであろうとしているだけ、というか……。ざっくり言うと『パワーアップ』したって言葉が一番近いかな」


「ふーん。『パワーアップ』ねえ。元のがどんなだったかは知らんけど、ますますゲームのキャラみてーだな。パワーアップ前の写真とかねーの?」

「写真撮り合うような仲だったわけじゃあないからなあ」


 並んで歩いていると、船尾が横から合流してきた。「よう。お二人さん、部室行かね?」という会釈に「あ、俺バイト」と彰人は返す。「アタシもダチと待ち合わせな」と鈴奈。「つまんねー」と口をとがらせる船尾。


「いやー、今日の七城ちゃんには驚かされたよな。こりゃ暫くは祭りだ。クラスは七城ちゃん祭りだわ」

「ウチのクラスもあの女の話題で持ちきりだぜー? 猫も杓子も」


 無理もない。

 実質、ゲームなんかでよくある、美少女の転入生のイベントのようなものだ。しかも、物凄い見た目の。


「それにしても、彰人くんは羨ましいですなぁ。初日から早速、ノートを貸してください! なんてイベントまで起こすなんて。また七城ちゃんからの好感度上がったんじゃね?」


 口角を吊りに吊り上げながらニンマリとニヤつく二人。


 当然、ノートは貸した。まずは一冊。

 ズル休みや、授業中にサボっていたり寝ていたりするような不届き者には断固お断りだが、病気療養というやむを得ない事情持ちなら、仕方ない。むしろ、こちらから気遣うべきだったか。彼女曰く、明日の朝一に何があっても、それこそ這ってでも返す、とのことだ。

 その際に、「何なら、一緒に帰る?」とも笑顔で言われた。物凄く惜しかったがそれは断らざるを得なかった。今日ばかりはバイトのシフトが憎い。


 そんな風に頼られて。一緒に帰る? と誘われて。

 嬉しくなかったのかと聞かれれば――。

 ……それは。

 当然……。

 ……嬉しかった。


 嬉しかった。



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