第19話 車中にて

平田がエンジンをかけると同時に、配達時のつねなのか賑やかなラジオの会話が始まる。

市街地を抜けて幹線道路に入る辺りで平田が

「若先生。

さっきなんや知らん、おかしな気持ちになったんですけど。」

「ええ。」

返答に困って、ただ相槌を打つ竜樹と話そうと、平田がラジオを消し

「若先生もですか?

なんや知らん、懐かしいような悲しいような。」

「ええ。」

よほど強く訴えたかったか『なんや知らん』を繰り返す平田に、理由のない罪悪感を感じながらも説明できない竜樹がいた。


人の良い平田は、竜樹も自分と同じように、ぼんやりとした感情の流れだけを感じたのだと勝手に解釈して

「なんや知らんけど、不思議ですなあ。」

と独りごちた。


やがて車は、幹線道路を外れ川沿いの道を山に向かって走って行く。

平田の問いかけに、相槌しか打てなかった竜樹は、桃の花が舞った時に起こった事を考えていた。

竜樹の家の庭で話しかけてきた子どもが、正坊と呼ばれていた子なのだろうか?

と思った。

では、あの着物姿の女性は、文枝なのか?

電車の中の女性は、着物の裾模様の印象しかない。

哲二と別れて親の云うとおりにしたのなら、

『優しい父親を泣かせてしまった。』

と嘆いていたのは、なんだったのか。

考えても分からず、すっきりできない竜樹に向かって

「若先生、着きました。

ここですわ。」

と、平田が告げる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る