第11話 平田夫妻

竜樹の存在を忘れていたかのようにヒートアップしていた夫婦は、声をかけられて我に返り、真っ赤になった。

そんな二人に気付かないふりをした竜樹が

「よかったら差し水をして、僕が一服お入れしましょうか?」

と続ける。

 差し出がましいかな?

躊躇ちゅうちょはしても興奮している麻由美が、これだけたぎった釜の湯に差し水をしてまともな茶を入れれるとは思えなかった。

それでも遠慮されるかもしれないと思っていたのに、当の麻由美は、花が咲いたような笑顔になり

「若先生のお点前を拝見できるんですか?」

と言った。

その言葉に慌てたのは、夫の平田だ。

「おまえ、お客様になんてことを云うんや。」

夫婦がまた、もめるといけないので

「あ、ご挨拶もせずにいきなりすみません。」

 とっさに竜樹は、自分が悪者になることでこの場を収めようとした。

「いやいや、こちらこそ。失礼しました。

私が、この家のあるじの平田です。

若先生のことは、うちのからいつも伺ってます。

この度は、遠い所をわざわざすいません。」

 平田が、無骨に頭をさげる。

 竜樹も丁寧に頭をさげ。

「どのようにお聞き及びか恥ずかしいです。

本日は、お預かりしているお茶碗の使い心地があまりに良かったので、母の名代みょうだいとして参りました。

差し支えなければ、ほかのお茶碗も拝見したくて。

というか、ここにご用意くださってるのは、平田さんのお作ですよね。」

 平田は、照れているのか一瞬とても複雑な表情をし

「そうです。儂の作ったもんですわ。」

と、恥ずかしそうに言う。

「先日、見本にお預かりしたお茶碗で、母と茶を点てさせてもらいました。

本当に良いお茶碗で。

やっぱり、茶碗によって点てやすい点てにくいは、あるんです。

まあ、僕の腕の無さもありますが。」

竜樹が笑うと

「若先生の腕が無いやなんて。

うちのお師匠さんも云うてはりました。

こないだのお茶会の若先生の炭点前をしはる時、羽箒で炉の四隅を掃きはるお姿に、皆溜め息ついてはったって。」

「おまえ、それお茶と関係ないんちゃうか?」

苦笑する竜樹をよそに、夫婦の小競り合いが続く。


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