第7話 茶会のあと



「ありがとうございました」

「ごくろうさまでした。

気をつけて帰ってくださいね。」 

 茶会の手伝いにきて、後片付けも終えた弟子たちが、深々とお辞儀して玄関を後にする。

親子で見送ったあと、同時にほっとため息をつき、顔を見合わせて笑った。


「一息つきますか?」

 帰るまでに茶室の拭き掃除までする内弟子に

『釜の後片付けは良いから。』

と残しておいた湯に、少し差し水をして竜樹と美鈴は、多めに調達していた主菓子おもがしを食べることにした。

「お父さんは、呼ばないの?」

「ああ、お父さん達には、名水でさっきコーヒーをお出ししたから。」

「えっ、いつの間に」

驚く竜樹を楽しみながら、

「じゃ、これを使ってみましょうか」

美鈴が水屋の棚から、朝話していた携帯用のお茶セットを持ってくる。


 籠巾着かごきんちゃくの紐をといて、一つづつ丁寧に出していくと、竜樹が受け取り茶杓を袱紗でぬぐい、茶筅、茶碗と湯を通す。

 なつめだけは、先ほどの茶会の残りを使う。

小ぶりの茶碗でシャカシャカと小気味良い音を立て、なめらかな泡を作ってゆく。

「どうぞ」

 男性としては、華奢でいて指の長い竜樹の手を満足気に見ながら、美鈴が一礼をして茶碗を手にとる。

たなごころに頂いて、また軽く頭を下げ、中心をずらし茶をすする。

「結構なお点前で」

笑いながら言った後で

「本当に、美味しいわ」

と、にっこりする。

そんな母の仕草を嬉しく思いながら、竜樹もまた微笑む。


「ところでこのセット、今はまだ。

とか朝言ってたでしょう?」

「ええ。

一応見本ということで、持ってきてくださったものだから。

でも、うちがこれと同じものを進物用に沢山注文すれば、見本はくださるみたいな感じだったわ。」

「へぇ」

「それでね竜ちゃん、奈良へ行ってほしいのよ。」

「奈良へ?」

「ええ。このお茶碗は、奈良の赤膚焼きの物なの。

そこの窯元をしておられる方の奥様が、裕子さんのお弟子さんなのよ」

「ああ、あの裕子さんの。

そうか、それで今日の名水点てのお水を調達してくれたんだ。」

「そう、茶筅もね。

奈良の高山の物なのよ。」

「ふうん。母さん。

無粋な話をするけど、随分高くつきそうだね。」

「ほんと、大変。

だからこのセットは、一部の人達だけ。

他の方々には、お茶碗だけにしようと思っているの」

 ああ、そういうことか。

竜樹は独りごちた。

あくまで祖父の遺志で愛用の品を処分したのだが、祖父を慕っていた弟子の中には、形見分けをしてくれない。

と、陰で母を悪く言う人達がいたようだ。

それがまた、母の姉弟子にあたるような人たちだから一層たちが悪かった。

きっと祖父が好んだような質感の茶碗を作ってもらって、お配りするつもりなんだろうな。

竜樹は、

「母さんも大変だね。」

と言った。

 美鈴がその言葉の意図をどこまでくみ取ったかは、分からないが

「今日も、裕子さんには、随分お世話になったでしょう?」

と言い。

「本当に、そうだね。」

と竜樹が頷いた。


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