第2話
出会った日から数ヶ月がたった。
その間ロゼと私は、おおよそ付き合ってる二人がするような、例えば水族館に行ったり映画に行ったりお互いのものを選び合いながら買い物をしたり、そういうことをしていた。友達同士でするような、車に乗ってアウトレットに行ったりカラオケに行ったりそんなこともした。ずっと2人ぼっちだった。でも1つも寂しくなんてなかった。
ただ1度だって、私に、恋人にするようなことはしてこなかった。
当然、私の病状はその間も悪化し続けていた。
宣告を受けたときは実感がなかったけれど、こうして時が経って明らかに自分の体が壊れていってるのを感じていた。
ずっと隣にはロゼがいた。
「どうだ体調は」
「うーん、良くないかな」
「いつものことだな」
「ふふっ、そうだね」
ベッドで咳き込む私の背中を、ロゼは優しく撫でる。
「今の医療ってすごいんじゃねぇの?……やっぱり治療は受けねぇのか」
「もう今さら遅いよ。それに病院で1人になるぐらいなら、ロゼと一緒にいたいかな。そういう約束でしょ?」
「……そんな約束気にしなくていい。お前が生きたいと思うなら、それが1番いいだろ」
「んー、私は死ぬ間際にちょっと幸せだったなって思えるなら、万々歳かな。そもそも、ロゼと出会った日に終わってたはずの人生だから」
「そんな勇気なかったくせに」
「やめて、恥ずかしいから掘り返さないで」
ははは、と彼が大口で笑う。
この顔が私は好きだ。
あの日、ロゼに見つかってなかったらどういう最期を過ごしていたんだろうとよく考える。
あのまま変わらない日々をすごして仕事に殺されて静かに死んでいくのか、有り金全てを使い果たした後、また死ぬことに挑戦していたのだろうか。
今では想像もつかない。
「ねぇそういえば出会った日に私に聞いてきたやつの答えって結局なんなの?」
「“吸血鬼の殺し方”か」
「そうそう」
私が死のうとした日、彼も死にたいからと言っていた。
今までの話してきた内容的に普通の人間が死ぬようなことでは死なないらしい。
私と一緒に料理していて指を切ったときも一瞬で治っていたし、海に行ったときは散策してくるといって海に潜って一時間は帰ってこなかった。
聞かれたその時に、首が飛べば、とか心臓を刺されたら、と答えたら、その程度では死なない。と言われた。
銀の弾丸で撃ち抜かれたら?と答えたら、漫画の見すぎだ。と怒られた。
仕方ないじゃん。現実で吸血鬼に出会う経験なんて産まれて初めてだし、吸血鬼についての文献なんてないんだから…と思ったけど、至極クールな顔で突っ込まれたから言うに言えなかった。
「聞きたい?」
「だって、それを知ってないと…色々難しいじゃない?」
「まぁな、もう少したったら教えてやるよ」
またあのときの顔だ。出会ったあの日に見せた…少し寂しい顔。
この顔はなんだか嫌な予感がするから、好きじゃない。
それからまた数ヶ月がたった。
私は私が思っていたよりも生き永らえていた。
でももう私は、とうとう1人で立ち上がることすら出来なくなっていた。
もう、死んでしまいたい。
ロゼにこんな姿を見られたくない。
ロゼが居なかったら今この瞬間も本当は独りだったんだと想像するだけで喉の奥がヒュッと縮まる。
もう少しロゼといたい。
相半ばするこの感情があふれたところで、私はもう自分ではなにも出来ない。
「雫、だいぶ痩せたなぁ。ほら手もこんなに小さくなってる」
「そりゃあロゼと比べたらもうずっと前から小さいよ」
優しいね。ガリガリとかじゃなくて、そんな風に言ってくれるの。
そりゃ飽きるほど女も抱けたよね。抱かれた女の子もさぞかし幸せだっただろう。
1度でいいからそんな風に触れてみてほしかった。
「雫、何か食べたいもの、あるか。買ってくる」
「ううん、大丈夫。それよりもそうやって手を繋いでてほしいかな」
彼と過ごす日々は、楽しくて優しくて、愛おしくて、私は遂にそんな感情すら抱くようになってしまった。
ただの性欲かと聞かれれば、違うと答える。
ただの愚かな女の感情だ。
ロゼと私はただの死に仲間なのに。
この一緒に過ごしている時間だって彼がもつ悠久の時の中の一瞬の娯楽だろうに。
それなのに私は彼にずっと私の面倒を見させている。
彼はあの時のことを後悔していないだろうか。寿命がくる端っこでそんなことを考えるようになった。
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