第44話 リディア
丘を越え、森に踏み込んで進むこと五分。ちょうど浅瀬の境界付近に人影が見えた。
ロベールも目の前の影を指さして叫ぶ。
「レオさん、アレです!」
「先導ありがとう、ロベール!」
「もしもやばくなったら逃げてくださいよ、レオさん!」
当たり前だ、王都でどれだけ冒険者同士の争いを見て来たと思ってるんだ。
こういうのに首を突っ込むとロクなことにならない。
ロベールは関わり合いになる気が無いのか、案内を終えるとさっさと村へ
近付くにつれて、言い争いの声が聞こえて来た。
雰囲気からして魔物の取り合いになったみたいだが……妙だ。今、開拓村の冒険者が魔物を取り合う意味なんてない。
「――おめえらが横取りしてきたんだろうが!」
「いいや、僕たちが先に攻撃を仕掛けたんだ! 冒険者のルールとして、僕たちがその魔物を手に入れるのが筋だ!」
魔物の素材は適切な処理をしなければ使い物にならないし、冒険者ギルドの支部がない状態で、Dランク冒険者に魔物素材を扱えるだけの知識があるとは考えにくい。
「ちょっと良いか」
「うおっ!? れ、レオさん!?」
「ほら、離れた離れた」
なるべくぬるっと場に入ることを意識して、気配を中途半端に消して渦中の冒険者たちに声をかける。主に言い争いをしていた二人が、ギョッとした表情を浮かべているうちに、間に割って入って二人を物理的に引き離す。
言い争ってたのは、思った通り両方Dランクの冒険者パーティーの剣士だな。
一人は俺と同じくらいの青年で、もう一人がドニたちくらい歳のいったオッサン。青年たちのパーティーは『リュミエール』だったか……。
青年の後ろでは、同郷と思わしき青年たちが一人の女性冒険者を
アデライトが、村で唯一、女性の冒険者がいたと言っていたから、彼らが『リュミエール』で間違いないだろう。
「で、何が原因でこんな時間まで森で言い争いしてたんだよ」
「それは――」
「アンタにゃ関係ないだろ!」
「いいや、あるね。お前たちが魔物を巡って争うのは勝手だが、それが原因で村の守りに穴が生じると困るんだよ」
これが俺が素早く動いた理由。
そして冒険者の不満が溜まっているのではないかと心配していた理由だ。
実際、危ないところだった。
二人とも腰の剣に手がかかっていたし、俺が割って入らなければ武器を抜いていただろうからな。
「「……」」
「で、もう一回聞くぞ。この騒動の原因はなんだ?」
「――わ、私が説明しますっ!」
すると、俺の前にさっきまで俯いていた女性冒険者がやってきた。
藍色の髪を三つ編みにした幼い顔立ちの少女は、灰色の目で俺を見上げながら言う。
「ハッ! どうせテメェが引き起こした話だろうが、被害者ぶりやがって!」
「双方から話を聞くからそんなに騒ぐな……魔物が寄ってくるぞ」
オッサンは不満げな目をしていたが、これ以上騒ぐのもよろしくないと判断したのだろう。ジロリと俺たちを睨んで来るが、ひとまず口を噤んでくれた。
リディア、と名乗った藍髪の少女は、森で起きた出来ごとを話す。
「私たちが先にゴブリンの群れを見つけたんです。そこでリーダー……ミシェルが矢を放ったら、喧嘩になっちゃって……わ、私がゴブリンを見つけたばかりにこんなことになっちゃって……うぅ」
話をしている時から目に涙を浮かべていたリディアは、そのまま嗚咽を漏らし始めたではないか。静かな森にリディアがしゃくりあげる声が響く。すぐに『リュミエール』のメンバーがリディアを庇うが、彼女が泣き止む気配はない。
「じゃ、オッサンたちの話も聞かせてもらおうか」
「オッサン……」
ひとまず『リュミエール』は放っておいて、次にオッサンたちの事情を聞くことにした。俺がオッサン、と呼んだらメンバーは悲し気な顔をしていたが、不満げに俺をジロリと見下ろして来たリーダーらしきオッサンはまくし立てるように言う。
「あっちのパーティーが俺たちの獲物を横取りしやがったんだよ! この傷跡を見ろ、奴らが矢を放ったのは俺が斧で仕留めた後だったんだよ! それでテメェらが討伐したってよぉ、頭にくるぜ」
オッサンが掲げた斧には、確かにゴブリンのものらしき
オッサンの主張では、『リュミエール』側がいわゆるハイエナをしていたということになるが……。
「そんなことはしていない! 僕たちの矢で弱った獲物を横取りしておいて、何が頭にくるだ!」
オッサンの話を聞いていたらしい、リーダーのミシェルが言い返したことで再び雰囲気が険悪になっていく。
はぁ……やっぱり冒険者同士の争いごとは面倒くさい。このままじゃ、やったやってないの水掛け論だぞ。
冒険者同士がトラブルになった場合、なるべく場を穏便に収めるために半分ずつ利益を分け合うという、暗黙の了解があるのだが――その時、オッサンたちが妙なことを言い出した。
「こんなボロボロだと金にならねぇしよ、俺らはこんな取り分はいらねえ! 約束通り俺らの実力は見せた。そのパーティーは捨てて俺たちの『アックス』に来い――リディア」
ニヤリと手招きしたオッサンに対して、ミシェルの表情は驚きに包まれていた。そして名指しされたリディアは……うつむいたまま肩を震わせている。
なんだ、ただのよくある争いじゃないのか?
皆の視線を集めたリディアがゆるゆると顔を上げると、ガラリと纏う雰囲気が変わった。悲壮感に満ち溢れていた少女の表情からストンと感情が抜け落ち、口元だけは別の意志を持ったように弧を描いている。
『リュミエール』のメンバーの手を払いながら、ミシェルの横を通り過ぎたリディアは、まるで能面のような不気味な無表情で言う。
「あーあ。余計な邪魔が入らなかったら、予定通りにパーティーを抜けられたのに。ロベールさんったら、あんなに逃げ足早かったかなぁ?」
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