第28話 救出

 音もなく、パラライズスパイダーが飛び退すさる。

 短剣はあらぬ方向に飛び去って行く――かと思いきや、俺が腕を引くと何かに引っ張られたように手元へと帰ってきた。


 仕掛けは単純。短剣の柄にはキラキラと煌めく糸が結び付けられている。

 お察しの通りパラライズスパイダーの糸だ。ここにたどり着くまでに、ちょうど良い長さの糸を拝借しておいたのだ。


「ギシャアアァァッ!」


 怒ったようにパラライズスパイダーが声をあげるが、遅い。俺は素早く弓を構え矢をつがえると、まゆへ向けて速射した。

 子を殺されてはたまらないと、身をていして庇うがその代償は大きい。矢を弾こうとした前足が、中ほどから欠けていた。


 俺がパラライズスパイダーを紙装甲だと断じた理由がコレだ。

 パラライズスパイダーは俊敏しゅんびんさを追い求めた結果、森の中を縦横無尽に駆け回れる体を手に入れた。その反面、脚でもどこでも攻撃が当たれば一気に機動力を失う諸刃もろはの剣なのだ。


 案の定、パラライズスパイダーは俺が弓を構え直す間も様子を窺うだけで、移動する様子さえない。

 こうなれば、あとはトドメを刺すだけ。矢をつがえ、なるべく苦しみを与えないように一撃でほうむった。大きな体がブルリと震えた後、ドサリと地面に落ちてひっくり返る。


「ふぅ、意外とあっさり終わったな……さて、巣を破壊したらあの冒険者のところに戻るか」


 まゆを切り開いて、中にあった拳大の卵を潰せば、森を荒らしていた魔物騒動は終わりだ。今後、生き物が戻ってくるかは分からないが、少なくとも森に入った村人が殺されるなんてことにはならないだろう。


 周囲を確認しながら、麻痺まひ毒に侵された冒険者のもとへ戻ると、丸薬の効果で痺れは抜けてきたようで、木に上半身をもたれさせていた。


「……だいぶマシになったようだな」

「一応、礼は言っとく」


 つい先ほどの口移しを根に持っているのだろう。

 俺が声をかけると、キッと睨みつけてきた少女はぶっきらぼうに礼を口にした。口調の割にまだ、体にしびれが残っているようで少女の動きは鈍い。


「動けるか?」

「……まだ、無理にょ――無理よ」


 あ、噛んだ。

 じっと彼女の顔を見ていると、じわじわと耳元が紅潮してきた。そしてにらまれる俺。俺、今は何もしてないよな?


「じゃあ、俺が背負うけど文句は言わないでくれよ?」

「放って――」


 反射的に放って置いてと言いかけたのか、少女は少し間を置いて周囲を確認する。

 夕暮れ時、森には不気味な影が落ち始めていた。

 恐らく、後一時間もすれば解毒剤が効き始めるとは思うが、それまで森の中に放置されるというのもなかなか刺激的な体験をすることができるだろうな。


「お願い……します」

「はいよ。俺の名前はレオ、ブラヴァンス村からの救援要請を受けて、村へ調査にやってきた冒険者だ」

「……アデライト」


 歯がゆそうに言う少女に、遅まきながら自己紹介するとぽつりと自身の名前を口にした。さて、本格的に森が暗闇に呑まれる前にさっさと退散するとしよう。俺はバックパックを前に背負うと、慎重にアデライトを背負おった。


 そういえば、ちょっと前にも似たようなことがあったな……なんてなるべく揺らさないように走りながら、三か月前クロエがゴブリンにさらわれた時のことが脳裏によみがえる。


「着いたぞ」

「……ん」


 村へ帰ると、村長を始めジルたち村人が大挙して押しかけてきた。

 アデライトはまだ安静にしておく必要があるため、村の女衆に後を任せ、取り急ぎ森であったことを報告する。


「何と……そのような危険な魔物が外周に……」

「ですが、巣ごと破壊しましたので一旦、村への影響は抑えられると思います」

「おぉ、ありがとうございました。村を代表して、お礼申し上げます」


 この後、領主への報告やら今後の対策について話し合う必要はあると思うが、脅威は排除したしこれ以上俺が動く必要はなかろう。

 村長も同じことを考えていたようで、残った村人の捜索はブラヴァンス村の猟師が行うという申し出を受けたので、お任せすることにした。


「今日はもう遅い。ぜひ、わしの家に泊っていってくだされ」

「では、ありがたく」


 そうして一夜を明かして翌日。

『クロー』の昇格試験とロンブリエール周辺の森が気になるため、朝一番に村を去ろうとしたところ、背後から声をかけられた。


「ちょっと、待ちなさいよ……!」

「ん? なんだ?」


 振り向くとそこに居たのは、昨日より顔色が良くなったアデライトだった。

 もしや、昨日の一件口移しで何か文句でも言いたいのだろうか。内心、面倒くさいことになりませんようにと祈りながら話をうながす。


「その……改めて、昨日はありがとう。あのままじゃ、私は死んでたと思うから」

「お、おぉ……俺は救助要請を受けてやることをやっただけだから」

「ただ、それが言いたかっただけだから」


 早口でまくし立てると、アデライトはくるりと踵を返して療養していた小さな教会へと戻っていく。良かった、怒られなかった……。

 さて、それじゃあロンブリエールに帰ろうか。


 ほんの気持ち、早足で馬を走らせること二時間。

 すっかり見慣れた、なだらかな丘陵きゅうりょうが目に入ってくる。

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