第9話 弟子の面倒

『おはようございます、師匠!!』


 扉の向こうから、元気なクロエの声が聞こえて来てようやく目が覚めた。ここロンブリエールへやってきて早二週間。俺はシャルリーヌの勧めでギルドの宿を出て、何とクロエたちの家に居候いそうろうさせてもらっていた。


「くぅ――はぁ……」


 朝か。

 窓を見ると、山間からはすでに太陽の光が射しこんできていた。さっと着替えて髪を手櫛てぐしで整えると、冒険者レオ――ではなく狩人の師匠レオとしての一日が始まる。


「はぁっ、はぁっ!」

「ほらほらどうした、魔物はクロエに合わせて走ってはくれないぞ!」


 冒険者として大切なのは体力だ。魔物を追う、魔物から逃げる、依頼に赴く、全ての基礎となるのが移動するための足。

 という訳で、クロエにはロンブリエールの外壁をランニングさせることにした。最初の一週間はただただ、走らせた。


「おっ、重いっ、重いですぅぅぅ!!」


 最初は一周もなかったクロエが少しずつランニングに慣れてきた二週目、俺はクロエに弓と矢、短剣と食料を背負わせて再びランニングを命じた。


 冒険者の中でも剣士や盾持ちはただ走れば良いが、狩人となると一味違う。狩人は冒険者パーティーの中で、最も音に敏感でわずかな違和感を元に魔物の襲撃を察知しないといけない職業だ。


「魔物の側を通る時、叫びながら走るのか? つまり、また襲われたいってことだな?」

「……っ!!」


 ランニングを一時中断して、バックパックが重い重いと声を漏らすクロエに問いかける。荒い息を吐きながらクロエは歯を食いしばって、再び走り始めた。


 本当に強い子だ。

 弟子入りすると決まった直後から、クロエが弓や剣の技術を求めていることくらい察していた。


「そうだ、生き延びたいなら走るんだ」

「はっ、はっ……はいッ!!」


 俺も自身のバックパックを背負いながらクロエと並走する。

 一か月の間、俺が弓や剣の手ほどきをすればDランクに昇格できるくらいの技術は身に付くだろう。だが、それ身に付くのはあくまで小手先の技術でしかない。


 ・

 ・・

 ・・・


「今日もお疲れ様」

「ご、ご指導ありがとうございました……師匠」


 ヘロヘロになったクロエを背負って家まで連れて行く。

 この二週間ですっかり見慣れた光景に、町の人は何も言ってこない。


「師匠……才能が無いのに、私は冒険者になれるのでしょうか……」


 帰り道、背中でクロエが暗い声でつぶやいた。

 話を聞くと、俺が二週間前クロエの両親に言った才能がないという言葉が引っかかっていたらしい。

 確かにあの時、クロエに才能がないという評価を下したが、俺は決して悪い意味で言ったのではないのだ。


「なれるかなれないかで言うと、なれる。何故なら、才能の無い俺だってこうして冒険者になっているのだから」

「師匠に才能が、無い……?」


 驚いたようにクロエが声を漏らす。

 む、そんなに以外なことを言っただろうか。


「そんな! 師匠は強くて才能のある冒険者です!」

「ははっ、そう言ってもらえるのはありがたいけど、俺には冒険者としての才はないよ」


 冒険者として大切なのは体力だと言った。

 では、冒険者として生きて行く上で一番大切なことはなんだろうか。俺はクロエに問いかける。


「一番大切なこと……強さ、でしょうか?」

「違うねぇ」

「えぇ……すみません、私には分かりません」

「正解は、生き延びることだ」

「生き延びる……ですか」


 呆気にとられたようなようにクロエが呟いた。

 そう、冒険者にとって一番大切なことは生き延びること。

 極端な話、たとえ依頼を失敗したとしても生きてさえいれば、再挑戦は可能だ。死ななければ、己を鍛えて何度だって魔物に挑める。だが、死ねば全ては無に帰す。


「冒険者は死ななきゃ勝ち、クロエはこんな話を聞いたことないか?」

「あっ……ドニさんが言っていたような気がします」

「ははっ、まああの人たちほど振り切った冒険者は珍しいけど、でも人生楽しんでそうだよな」


 きっと、ドニたちはほどほどに弱い魔物を倒して、今日も町のどこかで酒を飲んでいるに違いない。何が面白かったのか背中でクスクスと笑うクロエ。そうこうしているうちに、クロエの家に着いた。


「俺はギルドによってから、家に帰るからクロエは先に休んでおいてくれ」

「あ……は、早く帰って来てくださいね!」


 名残惜なごりおしそうなクロエに背を向けて、俺はギルドへ向かった。

 今は四月。夕暮れ時になると、ほんのり冷たい風が肌を撫でる。オレンジ色に染まった空を眺めながら一人、自嘲じちょうするように苦笑いを浮かべた。


「死ななきゃ勝ち、かぁ……」


 元居たパーティーから追放されて、ロンブリエールという田舎へとたどり着いた俺は、果たして勝ちだと言って良いのだろうか。

 ふと疑問を覚えた。

 目的意識もないまま町で生活を続けて、それで俺は生きていると言えるのか。


「結局、どうしたいんだろうなぁ……」

「――何かお悩みですか?」

「っ!?」


 びっっっっっっっくりしたぁ……。

 どうやら無意識のうちにギルドにたどり着いていたようで、建物の外で店じまいを行っていたらしきシャルリーヌが目の前に居た。

 シャルリーヌは不思議そうに首を傾げて、俺の顔をジッと見つめてくる。俺は一体、何と言えば良いのだろう。


「今後のことについて悩んでいました」

「今後、ですか」


 色々と考えた末、素直に悩みを相談してみることにした。

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