第二章 狩人と弟子、時々セリーヌ

第8話 狩人見習い

「わ、私を弟子にしていただけませんか!」


 先ほどまでゴブリンの影に怯えて泣いていたとは思えない、力強い意志を感じる目でクロエは言った。感情を吐き出したことで、考えがまとまったのだろか。


「弟子、ねぇ……」


 通常、冒険者は弟子を取らない。

 極まれに、面倒見の良い冒険者がお節介を焼いてくれることもあるが、定期的な収入のない冒険者には、弟子を指導する時間も余裕もない。


 定職に就けなかったり学がなかったりする者に、自分の命を預けることができるだろうか?


 答えは否。

 冒険者として命の危険が付きまとう仕事の最中、明らかに足手まといな他人の面倒まで見切れない。


「――とまあ、挙げるときりがないがまとめると、冒険者は弟子を取らないんだ」

「でも、でもっ――」


 弟子入りは現実的でないと考えたクロエが、なおも言いつのろうと口を開くが俺は手で制する。


「まあ待て。ここまでは普通の冒険者の話だ」

「ふぇ…………?」

「幸か不幸か、俺は暇だし当分生活するだけの金はある。正直、弟子を取れなくはない」


 その言葉を聞いたクロエの目がパァァッと輝く。

 だが、まだ聞いておかなければならないことがある。


「クロエが冒険者を続けることを、シャルリーヌさんを始めとした家族は納得しているのか?」

「それはッ……」


 気まずそうに目を伏せて、口ごもるクロエ。

 はぁ……やっぱりか。朝早く、俺の下を訪ねてきたんだから、家族ともロクに話をしていないんだろうとは思っていた。

 先ほどまでの勢いが霧散むさんしたクロエに声をかける。


「なあ、クロエ。お姉さんの気持ちを考えてもみろ。可愛い妹が魔物に攫われたと聞いた時のシャルリーヌさんは、見ていられないほど痛々しかった」


 クロエが冒険者を続けると聞けば、シャルリーヌがどう思うかは聞くまでもないはず。だから、クロエの弟子入りは認められない――少なくとも今は。


「今は、ですか?」

「そうだ。少なくとも、教会を抜け出してきたクロエに弟子入りの許可を与えるわけにはいかない……そうですよね、シャルリーヌさん?」

「えっ!?」


 俺が扉の向こうへ声をかけると、クロエが驚いた様に声をあげる。すると、扉がギィィ……ときしみながら開き始めた。

 扉の向こう側に立っていたのは、俺が言った通り受付嬢の服装を身にまとったシャルリーヌ。


「おはようございます、レオさん」

「ああ、おはよう」


 にこやかな笑顔で挨拶をしてきたシャルリーヌは、表情を変えることなくクロエに話しかけた。


「ねえクロエ? お姉ちゃん、今、聞き捨てならないことを聞いちゃったなぁ〜?」

「お、おおおおお姉ちゃん!? ど、どうしてここへ!?」


 たまらないのはクロエだ。

 動揺を隠すことなく、目を見開いてシャルリーヌへ問いかける。すると、シャルリーヌの表情がスッと抜け落ちた。


「どうして? そうねぇ、昨日怖い思いをした妹を、出勤前にお見舞いしようと思ったからかな」

「あ、ありがとうお姉ちゃん! 私はこの通り、元気だからお姉ちゃんは気にせずギルドのお仕事を頑張って!」

「ええ、そうさせてもらうわね――って、なるわけないでしょう?」


 立ち上がって、シャルリーヌの背中を押して部屋から追い出そうとしたクロエ。その手を逆につかんでシャルリーヌは再び笑みを浮かべるも、目は全くと言って良いほど笑っていない。


「ねえクロエ?」

「なっ、何かな……お姉ちゃん」

「お見舞いに行ったのに、クロエがベッドにいなかった時のお姉ちゃんの気持ち、分かってくれるかなぁ?」


 妹という武器を活かすべく、最大限甘えた様子でシャルリーヌに抱きついたクロエ。だがクロエの顔色は真っ青で、シャルリーヌに抱きついた手はかすかに震えている。


「ご、ごめ――」

「うふふ、クロエぇ? さっきの発言について、家でじっくりと話を聞きましょうねぇ〜?」

「いや、私、教会に戻らなくちゃ……」

「あら? 元気になったんじゃなかったかしら?」


 なんとかシャルリーヌから逃れようとするも、失敗。

 自分で言った言葉が、首を絞める結果となる。


「れ、レオさん――!!」


 絶体絶命、万事休ばんじきゅうす。

 クロエは悲壮な表情を浮かべて、俺へ目を向けるが俺が手助けをすることはない。


「すまない、俺はもう少し寝たいんだ……」

「そ、そんなぁ……!」


 正直、眠りが中断されたからか眠気が限界に近い。

 クロエは、聖母のような微笑みを浮かべたシャルリーヌに引きずられて、部屋から出ていく。

 廊下の向こうから足音が聞こえなくなったのを機に、俺はベッドに潜り込んでお昼過ぎまで惰眠をむさぼった。


「レオさん、今よろしいですか?」

「ん? あ、ああ……」


 この日の夕方、酒盛りを行った店で俺が軽食を食べていたところ、クロエとシャルリーヌ、優しそうな一組の夫婦に声をかけられた。

 俺を挟む様にクロエとシャルリーヌが座り、テーブルの向かい側に夫婦が座る。


「えぇっと、そちらは?」

「ご想像の通り、父と母です」

「娘を助けていただいて、ありがとうございました」


 恐る恐る……というか、無言の時間に耐え切れず問いかけると、シャルリーヌが紹介をしてくれた。

 話を聞くと、先ほどまで行っていた家族会議の結果、自分たちの娘を助けた冒険者に話を聞いてみようということになったらしい。


「娘は……冒険者になりたいとゆずらず……」

「ですが正直、心優しい娘に冒険者は合っていない様に思っていて……」


 シャルリーヌたちの父と母が、心配そうな顔で聞いてきた。

 二人の心配は最もだ。そもそも冒険者は常に死と隣り合わせの、危険な仕事が多い。その上で言うと……。


「そうですね……才能という点では、クロエに冒険者の才能はありません」


 俺の隣に座っていたクロエの表情が、分かりやすくくもる。

 この七年、俺は王都で様々な冒険者を見てきた。才能のある者、才能のない者、王都には本当に色々な人がいた。


「ご存知でしょうが、冒険者は危険な仕事です。故に死ぬ者も後を絶ちません。ほんの些細な油断が即、死へとつながる……そんな環境で依頼を達成しなければなりませんからね」

「で、では……やはり冒険者は……」

「ですから、こうしてはいかがでしょうか」


 俺は全員の注目を集めてこう提案した。

 冒険者になるかは一旦置いておいて、狩人見習いとして鍛えてみてはどうかと。


「狩人見習い、ですか」

「ええ。期間は一か月くらいでしょうか。その間、クロエを俺の弟子としてきたえます」

「レオさんっ……!!」


 陰鬱とした雰囲気を一変させたクロエが俺に抱き着いてくるも、反対側からシャルリーヌがニコリと微笑みかける。するとクロエは体を硬直させ、壊れたロボットのように俺の隣に座りなおした。


「一か月後、クロエにはDランクへの昇格試験を受けてもらいましょう。そこでソロ冒険者としての実力を示せれば、今後も冒険者としての活動を認められてはいかがでしょうか?」

「うーむ……」


 結局この後、クロエと両親、シャルリーヌの全員が納得する良案は出てこず、クロエは俺の弟子として狩人見習いになったのであった。

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