第6話 ロンブリエールへ

 クロエを救出した俺は町へ帰ろうとしたのだが、未だに森の中に居た。

 何故、魔物がうろつく危険な森の中に留まっているのか、理由は背中で悲鳴をみ殺すクロエにあった。


「うぅっ……うぅっ」


 まさか、森を抜ける前に目を覚ますとは……。

 応急処置としてポーションを飲ませたことによって、睡眠薬の効きが緩和されたのだろうか。完全に計算外である。


「お兄さんっ、お兄さんっ……うぅぅ――」


 さすがの俺でも、痛みにうめき続ける十二歳の少女を背負ったまま、魔物に気付かれず森を抜けることはできない。


 というわけで俺とクロエは現在、倒木をくり抜いた下に隠れている。俺の外套がいとうを巻き付けたクロエを倒木の下に隠した後、魔物の嫌いな臭いを振りまいておいたから一応、夜の間は安全を確保できたとは思う。


「さあクロエ、痛み止めだ。口を開けろ」

「んあー……んがっ!?」


 クロエの上体を起こして、水と一緒に粉薬を飲み込ませる。次の瞬間、クロエの顔が思いっきりゆがむ。

 気付け薬と同じく、かなり苦いがその分効果は保証する。五分もすれば、痛みを忘れることができるだろう。


「クロエ、念のためこの布を噛んでおけ」

「あむっ――んぐっ!?!?」


 五分待って周囲に魔物が居ないうちに、クロエの処置を済ませる。

 改めてみると、添え木しただけの右腕と左足の骨がズレていたので、骨を正しい位置に戻したのだ。


 クロエの目に涙がにじむ。

 強力な痛み止めを飲んでいても、痛いものは痛い。


「すまない、よく頑張ったな。だがこれでしばらくは楽になるだろう」

「あ、ありがとう、ございました……」

「一応、自己紹介をしておこう。俺の名前はレオ、昨日町へやってきた狩人だ」


 そう言ってシャルリーヌと同じ赤髪を撫でると、クロエは涙を流しながらも気丈に微笑んで見せた。


「薬屋の娘、クロエです。レオ様、助けていただいてありがとうございました」

「感謝の言葉は、町に帰った時まで取って置け……それと、お兄さんとレオ様はやめてくれ、レオで良い」


 俺はめられた人間じゃない。

 背中がむずがゆくなったので、お兄さん呼びと様付けは止めるように言う。


「ではレオさん、と」

「ああ」


 ・

 ・・

 ・・・


 あと三時間もすれば夜が明ける。

 夜行性の魔物が眠りについて、昼行性の魔物が目覚め始めた合間を縫って森を抜ける予定だ。


 移動ルートを考えていた時、ぶるりとクロエが寒そうに体を震わせた。

 心配になってクロエのおでこに手を当てると……熱い。どうやら発熱しているようだ。


「チッ……ちょうど切らしているか」


 ウエストポーチを探るも、解熱剤は持ち合わせがない。

 どうする……。


「レオさん、何だか寒いです……」

「クロエ、すまん。町へ帰ったら怒ってくれて良いからな」

「レオ……さん?」


 それまでクロエを放置しておくわけにはいかない。

 だがここから動くのは自殺行為だ。何より今クロエを動かせば、容態が悪化する可能性がある。


「――っ!?」


 クロエの身体をおお外套がいとうめくると、なるべく裸体を見ないようにお姫様抱っこの要領で持ち上げ、俺の身体を地面との間に挟み込んだ。


「あっ……暖かい、です」


 最終手段、人肌で温める――だ。

 これで、地面から伝わる冷気も和らぐだろう。少ししたら、ぶるぶると震えていたクロエの身体が少しずつ力が抜け始めた。


「レオさん、私のためにありがとうございます」

「お姉さんからクロエのことを頼まれたのだ、当然のことをしたまでだ」


 シャル姉さんから!? と小さな声で驚いて見せたクロエ。

 ほんの少しだけ元気が出てきただろうか。


「寒いとか痛いとかあるか?」

「あ、あの、それは大丈夫なんですけど…………一つ、お願いしても良いですか?」


 おずおずとクロエが切り出して来た。

 無言で続きを促すと、恥ずかしそうな声で『お願い』を口にする。


「私を、抱きしめてくれませんか……ふとした瞬間にまた、ゴブリンに攫われるんじゃないかって、怖いんです」

「……分かった」


 なるべく骨折した箇所に触れないよう、クロエを包み込むように抱き締めるとほっとしたようにため息を漏らした。


「すみません、レオさん。助けていただいたのにこんなことまでさせてしまって……」

「いや、魔物にさらわれた恐怖はそう簡単に忘れられるものじゃない。クロエの反応はごく当たり前のものだ。謝らなくて良い」


 これまでの心労が出てしまったのか、気付けばクロエは穏やかな寝息を立てて寝入っていた。

 静かになった倒木の下、いつでも逃げられるように神経をませたまま、じっと時間が過ぎるのを待つ。



 三時間後、わずかに外が明るくなってきた。

 待ち望んでいた夜明けだ。昨夜は散々だったが、今日はその分ツいている。


 霧だ。

 倒木の間から外の様子を窺うと、木々の間に真っ白な霧が立ち込めていた。


「んぅ……レオ、さん?」


 クロエの身体をそっと持ち上げて、周囲の気配を探っていると横から声がかけられた。


「クロエ、今から町へ移動を始める。身体は痛むだろうが、あと少しだけ耐えてくれ」

「はい……」


 おでこに手を当てると、熱はほぼ引いていた。

 顔の血色も悪くないし今のうちに移動してしまおう。倒木を持ち上げて立ち上がると、なるべく揺らさないようにクロエを背負って移動を始めた。


 森を歩くこと二十分。どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。

 俺たちは森の外周にたどり着いたのだ。


「ふぅ……」


 張りつめていた緊張から、ついため息が出てしまった。

 何かおかしなことがあったのか、背中でクロエがくすくすと笑っている。


「どうしたんだ?」

「ふふっ、すみません……レオさんでも緊張するんだなぁって思ったら、何だかおかしくなっちゃって――うぅっ、笑いすぎました」


 クロエは俺を血も涙もない鬼か何かと勘違いしているのではないだろうか。

 笑いすぎで傷が痛んだのか、うめき声をあげたおっちょこちょいなクロエを背負って、俺はロンブリエールへと足を進める。町はもうすぐそこだ。


「戻って来た!」

「シャルリーヌさん! 戻って来たぞ!」


 森を出ると、町の門付近に立っていた町人たちが一斉に騒がしくなる。

 人だかりの中には、赤髪のポニーテールも見え隠れしていた。門へ近づくにつれて、喧騒は段々と大きくなっていく。


「クロエちゃんだ!」

「クロエっ!!」


 耐え切れなかったのか、門番の制止を振り切ってシャルリーヌが町の外へ飛び出してきた。昨夜は一睡もできなかったのだろう。酷い顔をしている。


「シャル姉さん……うぅぅっ!」


 目を真っ赤に充血させたシャルリーヌの表情を見て、クロエが感極まったように嗚咽おえつをあげる。


「はぁ、はぁ……クロエっ!」

「ただいま、お姉ちゃん……!!」


 涙で頬を濡らしたシャルリーヌは、我慢できないとばかりに俺ごとクロエに抱き着いてきた。こうして、町を騒がせた騒動は終わりを告げた。


 そうそう。

 シャルリーヌが抱き着いてきた時、町の方から野太い悲鳴が上がったとか上がっていないとか。

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