第5話 狩人の実力

 冒険者ギルドを出て町の大通りを走り抜けると、アシルは門の付近で門番の男と言葉を交わしていた。


「この男と儂が救助要請を受けて森へ入る。良いな?」

「お、おう……」

「アシルさん、一応聞くがランクは問題ないんだよな?」


 門番の男が恐る恐る問いかけると、フンッと鼻を鳴らしてアシルは答える。


「すでに引退した身ではあるが一応、Cランク冒険者ということになっている」


 なるほど。

 だから案内役に立候補してきたのか。というより、アシルが高ランクの冒険者であると、目の前の門番を含め周囲の人は知らなかったのだろうか。


「アシルさん、くれぐれも気を付けて行って来てくれ。若いの、クロエちゃんをどうか頼んだぞ……!」


 手続きが終わった瞬間、アシルは門番に返事もせずに駆け出した。門番に渡していた依頼票を受け取って、再びアシルの後を追う。森までは走れば二、三分でたどり着けそうだ。


「……速いな」

「アシルさんも、やるな」


 改めてみると、左足が義足であるとは思えないくらい自然に走っているな。独り言のようなつぶやき以降、俺たちの間に会話はなく黙々と森を目指して走り続けた。


 ・

 ・・

 ・・・


「それが森の簡易地図だ……とは言っても浅瀬までしかっていないがな」


 森へ到着したタイミングで、森の簡易地図を手渡された。羅列られつされた情報に目を通したが、特段変わったところはない。サンクレール王国の森に居る魔物と同じだ。


「この森の主はオーガと書いてあるが、確かな情報か?」

「ああ、間違いない」


 断言。

 ということは、アシルの足は――いや、今はそちらを気にするべきではない。

 地面に向けられていた視線を戻すと、地図をアシルへ返した。


「もう良いのか?」

「ああ、得るべき情報は得られた。現場まで案内してくれ」

「……分かった」


 早足で森を進んでいると、先ほどまで聞こえていた鳥のさえずりや小動物の気配が消える。俺たちは魔物が闊歩かっぽする危険な領域、浅瀬に踏み入ったのだ。


 慎重に歩みを進めること十分。

 事が起きたであろう薬草の群生地に到着した。現場には騒動の痕跡が残っている。


「アシルさん、見つけたぞ」

「…………ああ、恐らくこれだな」


 アシルと手分けして周囲を捜索した結果、少年たちが採集した薬草や無数の足跡、何かを引きずっていった跡を発見した。


 十中八九、ゴブリンたちが気絶したクロエを引きずっていった跡だろう。

 ゴブリンは知能が低い。この跡を辿って行けば、ゴブリンの巣を見つけられるはずだ。


「助かった、アシルさん。後は俺の仕事だ」

「頼むぞ、狩人」

「ああ、明日の朝には戻る」


 アシルは周囲に散乱した薬草を拾い集めると、すぐに道を引き返し始めた。

 ここでついて来ようとしない辺り、アシルは相当優秀な冒険者だったはずだ。


「さて、追うか」


 跡は、茂みの間を抜けて森の奥へと続いている。ゴブリンらしき足跡は二つ……いや、三つ。通常、ゴブリンは五体以上で行動することが多い。ということは、勢力の弱いゴブリンに捕まった可能性が高くなる。


 森で俺の黒髪と肌色、赤眼は目立つ。一度でも魔物に気付かれると、大幅なタイムロスを強いられる。魔物が違和感を覚えないよう、臭いや音、色を森へ同化させていく。

 最後に懐から取り出した仮面をつけると、俺は足音一つ立てず追跡を始めた。


 ・

 ・・

 ・・・


 腰をかがめて歩き、生物の気配を察知すれば身を隠しながらじわりじわりと森の奥へ慎重に進むこと二時間。

 木々の間から見える空がオレンジ色に染まり始めた頃、重たいものを引きずった跡が続いているゴブリンの巣を見つけた。


 見つけた巣は窪地くぼちになっており、周囲からの視線を遮ることができる良い場所だ。殺気が混じらないよう冷静に巣を観察するも、クロエの姿は見られない。


「……」


 奥に運ばれてしまったか。

 何度かゴブリンの巣を攻略したから分かるが、巣にはゴブリンのメスが集まる部屋がある。クロエはその部屋に連れていかれたのだ。


 俺が身を隠している位置からちょうど奥の方に、そこそこ大きな横穴が見える。恐らくあの奥に居るはずだ。


 気配を薄めた状態でも、ゴブリンの目の前を通ればさすがに気付かれる。ただゴブリンの巣を壊滅させるだけならば話は早いが、救助対象が居ることで難易度はゴブリン討伐の比ではない。


 考えた結果、俺は万全を期すため夜まで身をひそめることに決めた。

 それまではゴブリンの巣の情報を一つでも多く引き抜いていく。


 ゴブリンは窪地の中で寝たり喧嘩をしたり、好き勝手に生活している。

 見張りはどの個体か、どんな武器を持っているか、群れは何匹いるのか……冷静に見極めていく。



 夜。

 周囲は闇に沈み込み、ゴブリンたちが寝静まったのを合図に俺は動き出した。

 そろりそろりと巣の外周に近寄ると、地面に座り込んだ見張りのゴブリンの背後に回り込むと短刀で喉元を切り裂いて始末する。


「――――!?」


 しばらく口元を抑えていると、ゴブリンの小さな体がブルリと震えて力が抜けていく。よし、上々な滑り出しだ。


 ただでさえ眠りに落ちて感覚が鈍い状態、見張りの個体を全て排除してしまえば巣に侵入しても気付かれることはない。

 夕方から夜まで巣を観察していたが、見張り役は二匹だけだった。もう一匹も地面に座り込んだ状態で、眠そうに大きなあくびを連発している。


「…………」


 こちらも首を裂いて始末した後、本題であるクロエの救出に取り掛かるが巣の奥は確認できていない。通常の救出依頼であれば、囮がいるのだが今回は俺一人なので色々と道具を用いる必要がある。


 ウエストポーチから取り出したのは、睡眠薬を混ぜ込んだ煙玉と一つの小瓶。

 音を立てずに火を起こして横穴の入り口にそっと放置する。


 すぐに助けてあげたいのだが、一旦退散だ。


 けむりが巣全体に行きわたるまで五分。

 その間、小瓶を開けると指先を液体にひたし、舌でそっとなめとる。すると全身を強烈な青臭さが駆け巡る。これは『ノヴァ』時代に出会った老婆から教えてもらった強烈な気付け薬だ。


 うげぇ……渋苦しぶにがい。

 相変わらず強烈な味に身もだえそうになるも、間髪入れず巣の中へ突入する。睡眠薬はよく効いているようで、ゴブリンの寝息すらも聞こえなくなっていた。


 ゴブリンを一匹一匹始末しながら巣の横穴へと入る。

 体長一メートル前後のゴブリンが通れるよう掘られた横穴は狭い。

 腰をかがめながら進むと、ふいに天井が広くなった。奥の部屋へたどり着いたのだ。


 じっと気配をうかがい、起きている個体が居ないか確かめた上で松明に火をつける。

 じわじわと燃え上がった松明に照らされて、眠りこけているゴブリンが暗闇から浮かび上がってきた。


 その中に、居た。

 服が手ひどく破られてあられもない姿をさらしている、シャルリーヌと同じ赤髪が特徴的な少女を見つけた。


 口元に耳を近づけると呼吸音も聞こえる。

 良かった、最悪の事態はまぬがれたようだ。


 手早く残りのゴブリンを始末すると、薬が効いているうちに少女――クロエの容態をる。肌についた細かな傷以外に手足の骨が折れているが、内臓は傷付いていないようだ。


 ウエストポーチから取り出したポーションを飲ませると、瞬きする間に傷が塞がっていく。生憎、骨折が治せるほど強力なポーションは持ち合わせがない。この分だと、骨折を治すために教会で治癒魔法を受ける必要がある。


 クロエを捕えていたつたと近くで拾ってきた木の棒で手足を固定するのが精いっぱいだ。さて、血の匂いで夜行性の魔物が寄ってくる前に早く離れなければ……。


「よっこいしょ――っと」


 俺はクロエをそっと背中に背負うと、その場から離脱した。

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